第148話 初級ゾーン前半戦
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美佳はドアノブに触れた手を沙織ちゃんに向けて振って見せながら、怪我はしていないから心配しないでと言っている。沙織ちゃんも美佳の手を見て、怪我がない事を確認して安心していた。
仲が良いのは良い事なのだが……。
「美佳、沙織ちゃん。ちょっと良いかな?」
「ん? 何お兄ちゃん?」
「どうしたんです? お兄さん」
「ほら、あれを見てみてよ」
「「あれ? あっ……」」
俺が指さした先を見て、美佳と沙織ちゃんは驚きで動きを止めた。俺が指さした先には電光掲示板が有り、タイマーがカウントダウンを始めていて隣に設置されている赤ランプが点灯していた。
つまり、第1の部屋のトラップ回避に失敗と言う事だ。
「な、何で赤ランプが点いてるの? 私、まだ扉を開けてないのに……」
「それに、制限時間のタイマーも動いてるよ……」
二人は何が起きたのか分からないといった様子で、惚けた表情を浮かべながら電光掲示板を凝視していた。だいぶ、ショックが大きかったみたいだな……。
まぁ取り敢えず、正気を取り戻させるか。
「ほら2人とも、確りしろ!」
俺は2人の肩に手を置き、軽く揺さぶりながら少し大きな声をかけた。2人は俺の手と声に反応し一瞬体を硬直させた後、正気を取り戻しゆっくり後ろを振り返り俺の顔を見る。
「お、お兄ちゃん。あの、えっと、その……」
「どうやら、そのドアノブが最初のトラップだったみたいだな。残念だけど、失敗したらしいぞ」
動揺して口吃っている美佳の言葉を遮り、俺は赤ランプが点いた理由を教える。俺のトラップと言う言葉に反応し、美佳と沙織ちゃんは軽く目を見開き驚きの表情を浮かべた。
信じられないといった様子だな……。
「これが、最初のトラップだったんだ……」
「一見何の変哲もない扉って言う所が、このトラップのミソだな。その上、係員さんの赤い扉を潜って下さいと言う言葉も、挑戦者の警戒感を薄めさせる為の引掛けだったんだろうね」
入場ゲートを潜ってコースに入った時点で訓練はスタートしている筈なのに、係員さんのあのセリフを聞いたせいで美佳と沙織ちゃんは赤い扉を潜ってからが訓練が始まるのだとミスリードされてしまっていた。
美佳が何の警戒もなくドアノブに触れた所を見ると、係員さんのミスリードに見事に乗せられていたのだろうな。
「仕掛けは至って単純、簡単な電気トラップだよ。何の対策も取らずにドアノブに触れると、通電して電気ショックを受けるみたいだな」
美佳と沙織ちゃんは俺の説明を聞き、扉を唖然といった様子で赤いドアを見つめていた。
そして、美佳と沙織ちゃんは自分達の失敗を自覚し、溜息を吐きながら落ち込む。
「はぁ……。こんなの、どう対処すればいいの?」
「ドアノブに触れたら感電するって……」
溜息を吐いた2人はこの電気トラップにどう対処したら良いのか分からず、困惑した様子で頭を悩ませている。だが失敗の動揺のせいか、2人は中々トラップを解除するアイディアが浮かばない様だ。
しかし、その間にも電光掲示板の制限時間は刻々と減っていく。このままだと時間オーバーで失格になるな。……仕方ない、ヒントを出すか。
「2人とも。ドアノブだけに集中し過ぎないで、視野を広げて周りを良く観察してご覧。何か違和感や、気付く事はない?」
「……違和感」
「……気付く」
美佳と沙織ちゃんは俺のアドバイスを受け、赤い扉に集中していた視線をほかの場所にも向ける。すると……。
「あっ、ここ!」
「ここだけ、他の場所と壁の色が少し違います!」
美佳と沙織ちゃんが指を指した場所は、赤い扉と青い扉のちょうど中間に位置している。2人は自分達が見付けた変色している壁に近付き壁をよく観察すると、間違い無く壁の色が少し他の場所と違っていた。変色している壁の大きさは、官製はがきサイズ。美佳は軽く深呼吸をした後、慎重に右手の指先で変色している壁に触れた。
「あっ、この壁! 押したら動くよ!」
美佳の指先が変色した壁に触れると右端が僅かに沈み込み、更に押し込むとカチッと言う音がする。美佳が押している指を離すと、変色した壁の右側が手前に少し飛び出してきた。どうやら、スイッチカバーだった様だ。
美佳は慎重な手付きでカバーの右端に指を掛け、少しずつカバーを開けていく。そして、開け終えたカバーの中を覗き込み、声を上げた。
「あっ、中にブレーカーみたいなスイッチがあるよ! これって多分、扉に流れる電気のスイッチじゃないかな!?」
美佳が覗き込んだ壁の中には、赤い通電している事を示すランプが点ったブレーカースイッチと、“開けたら蓋は閉める”・“5分後自動通電再開”の文字テープがあった。
それを見た美佳は嬉しそうな表情を浮かべ、ブレーカーに指を掛ける。トラップ解除の正解を見つけ出せた事が、余程嬉しい様だ。
「美佳ちゃん、慎重にね!」
「うん!」
沙織ちゃんの注意を聞きつつ、美佳はブレーカーのスイッチを下ろす。すると、通電状態を知らせていた赤いランプが消えた。
「これで、ドアノブに触れても大丈夫な筈だよね?」
「うん。多分大丈夫な筈……だと思うよ」
美佳と沙織ちゃんは今一自信が持てないのか、不安気な表情を浮かべながら赤い扉を見つめている。2人は顔を見合わせ、無言でどちらが開けるかと牽制しあう。
そして一瞬の間を空けた後……。
「……今度は、私が開けてみるね」
沙織ちゃんが、自分が扉を開けると赤い扉の前に足を進めた。
そして……。
「……いくね」
沙織ちゃんは小さく深呼吸をした後、意を決した表情を浮かべドアノブに触れる。数秒、ドアノブを握り締めた体勢のまま沙織ちゃんは固まったが、何とも無いと認識するとドアノブのレバーを下ろし扉を開けた。
どうやら、無事にトラップ解除に成功したようだ。
「やった! 沙織ちゃん、成功だよ!」
「うん!」
美佳と沙織ちゃんは嬉しそうに互の手を取り合い、トラップ解除成功に喜びの声を上げた。
しかし……。
「2人とも、喜んでいる所悪いんだけど……あれを見てごらんよ」
「「あれ?」」
俺はトラップ解除に喜んでいる2人に声をかけ、空いた扉の先にあるカウントダウンしている電光掲示板を指さす。タイマーの刻んでいる数字は11分23秒……既にスタートして3分半以上が経過していることを示していた。
まだ、一つ目のトラップなのに。
「えっ!? もう3分以上経ってるの!?」
美佳は目を剥き、扉の奥の電光掲示板を驚愕の眼差しで見る。沙織ちゃんは慌てて、扉の上に設置してある掲示板を見て声を上げた。
「で、でも! このタイマーはまだ、13分台を表示してますよ!? 何で向こうとコッチで、表示されている時間が違うんですか!?」
沙織ちゃんは慌てて俺の方を振り向き、なぜタイマーに時間差が出ているのか聞いてくる。
何でって……。
「入場ゲートの所で、係員さんが言ってたよね? 入口を入ったらカウントダウンが始まるって」
「入口……あっ!」
「そう。係員さんは入口って言ったんだ。扉を潜ったらタイマーがスタートするとは、一言も言ってないよ。つまり、沙織ちゃん達は物の見事に係員さんの話術と言うか……ミスリードに引っかかっちゃったって事だね」
「「……」」
俺の説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは悔しそうな表情を浮かべ扉の向こうに見えるタイマーを睨みつけていた。
にしても、見事な初見殺しのトラップだな。係員によるルール説明の中にミスリードトラップを仕込んだ上、何にも無い部屋を用意する事で扉を潜った先からこそトラップ部屋があると誤認させる。新人探索者や警戒心の薄い探索者には、実に効果的なトラップだよ。派手な仕掛けがないからこそ、細々とした事にも警戒心を緩めるなっていう教訓だろうな。
俺は美佳達の悔し気な表情を浮かべ落ち込む様子を見て思わず、このトラップを考案設置した協会の人達を賞賛したくなった。
カウンターの残り時間は11分を切った。自分達が入場ゲートを入った段階で、見事に罠にかかっていた事に気が付き美佳と沙織ちゃんは落ち込んでいたが、時間も無いので俺達は2人の肩を押しながら次の部屋へと足を進める。
「ほら二人共、時間が無いから先ずは先に進まないと。反省や検証は、ここを出てからにしよう」
「誰にでも失敗はあるんだから、あんまり気にする必要は無いぞ」
「そうよ。私達だって、美佳ちゃん達の様な失敗を繰り返して覚えたんだから。訓練で失敗する事は、恥ずかしい事じゃないのよ?」
「……うん」
「……はい」
俺達の励ましが功を奏したのか、美佳と沙織ちゃんは何とか訓練を再開する事が出来る程度にテンションを上げた。2人は頭を軽く左右に振った後、頬を両手て軽く叩いて気持ちを切り替える。
「……うん、大丈夫。じゃぁ、次の部屋に行こうか?」
「うん」
美佳と沙織ちゃんは先ず、開いている扉から少し顔を出し部屋の中を観察する。流石に一度失敗している以上、二人共慎重に辺りを観察して行く。
そして10秒程扉の外から部屋の中を観察した後、美佳が意を決し第2の部屋の中に足を踏み入れる。1歩2歩と慎重な足取りで部屋の中を2m程歩き、トラップが無い事を確認した美佳は安堵の息を吐きながら振り返って俺達に手招きをする。
「ここまでは、大丈夫。トラップは無いみたいだよ」
「良かった……またいきなりトラップが仕掛けられてるんじゃないかと思って、心配したよ」
「ほら、沙織ちゃんもこっちに来てよ」
「う、うん」
沙織ちゃんは美佳の手招きに誘われ、部屋の中に足を踏み入れる。
すると……。
「わぷっ!?」
「沙織ちゃん!?」
沙織ちゃんが1歩部屋の中に足を踏み入れた瞬間、第2の部屋の扉の上の壁が外れ、扉の上枠を支点に半回転しながら沙織ちゃんの上半身に直撃した。
俺は倒れてきた壁に弾かれて飛ばされた沙織ちゃんを受け止め、怪我は無いか確認する。
「大丈夫、沙織ちゃん?」
「はっ、はい。大丈夫です」
沙織ちゃんは、何が起きたのか理解出来ていない様だ。なので俺は、今何が起きたのかを沙織ちゃんに教えてあげる。
「残念だけど、沙織ちゃんは今、第2の部屋のトラップに引っかかったんだよ」
「……えっ? トラップ?」
「そっ、トラップ。取り敢えず沙織ちゃん……怪我はして無い?」
「あっ、はい。大丈夫です。何かが凄い勢いでぶつかって来ましたけど、柔らかかったので痛くはありませんでした……」
「そう。怪我が無くて良かった」
俺は受け止めていた沙織ちゃんを1人で立たせながら、沙織ちゃんに怪我が無かった事に安堵する。
まぁ施設側も利用者が無闇に怪我をしない様に、最低限の安全は考慮しているだろうから当然か……倒れる前に俺が受け止めたしな。
「どうやら、2人目が入ると作動する時間差トラップだったみたいだな」
「1人目が大丈夫だったから2人目も大丈夫だろうって言う、心の隙を突く類のトラップね。あそこの壁、柔らかいスポンジ製ね。安全面にも十分気を配ってあるわ」
「全員が参加者なんだから、先頭に任せているからと気を抜くなって言う教訓だな」
流石初心者ゾーン。ダンジョン探索において、覚えて身につけないといけない教訓がいっぱいだな。
裕二と柊さんが沙織ちゃんに襲いかかってきた壁を見ながら話していると、美佳が扉の上半分程を塞いでいる壁の下を潜って戻ってきた。
「ごめん、沙織ちゃん。私がもっと良く確認しておけば……」
「ううん、美佳ちゃんだけのせいじゃないよ。私が気を抜いていたのも悪いんだから。見てよ、あれ。壁が襲って来たとは言っても、上半分位なんだよ? 私が咄嗟にしゃがみ込めば、十分壁を躱せるスペースはあったんだよ」
沙織ちゃんは裕二達が観察している壁を指さしながら、トラップに引っ掛かったのは美佳だけのせいじゃないと口にする。
まぁこの場合、2人が2人とも注意力不足だったって事がトラップに掛かった原因だな。どっちが悪いという話じゃない。
「美佳、沙織ちゃん。落ち込んでいる所悪いんだけど……」
俺は電光掲示板を指さす。カウンターの残り時間は、既に10分を切っていた。
「時間が無いから、先に進もうか?」
「……うん」
「……はい」
この残り時間が1番のトラップだよな。各部屋に電光掲示板が設置してあるから、刻々と減っていく時間をみていると気が焦ってミスを犯す。実際、時間制限がなければ今の美佳達でも、今引っ掛かった2つのトラップも回避出来ていた可能性もあったしな。
そして結局この後、美佳達は果敢にトラップ部屋に挑戦したのだが1つもクリアする事が出来ず、6つ目のトラップ部屋に到達した時には残り時間が3分半を切っていた。
残り3分半か……まぁ何とか行けるだろう。
美佳ちゃん達の、本格的トラップ攻略は全滅で大失敗に終わりました。
まぁ、初めて本格的なトラップに挑戦したので仕方ないですよね。
朝ダン書籍の発売日まで後、一週間です。是非とも、よろしくお願いします!
それと書籍発売日までの間、毎日更新しますのでよろしくお願いします。




