第129話 妹、洗礼を受ける
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モンスターの姿を遠目で確認し、緊張で表情が強張る美佳と沙織ちゃん。背中をライトの光で照らされた事で、モンスターは俺達の存在に気付き顔をこちらに向ける。ライトの光が顔に当たった事でライトの光が反射し、暗闇に輝く2つの瞳が浮かび上がった。
その光景を見た美佳と沙織ちゃんは一瞬、肩をビク付かせる様に震えさせる。
「あれは……ホーンラビットだな」
「そうね。2人の初めての対モンスター戦闘の相手としては、ちょうど良い相手じゃないかしら?」
「確かに。1階層に出てくるホーンラビットの行動パターンは、単純だからな。初めての相手としては、そう悪い相手じゃないな……」
緊張し体が強張る2人を尻目に、裕二と柊さんはライトの先に照らし出されたモンスター……ホーンラビットの挙動を警戒しつつ、美佳と沙織ちゃんの対戦相手として相応しいかどうか吟味を重ねていた。
確かに二人が言う様に、ホーンラビットは初戦闘の相手としてはそう悪くない。何故かと言うと、表層階に出現するホーンラビットは基本的に、頭部についた一本角を敵に突き立てようと一直線に襲って来るからだ。
一直線に……つまり、タイミング良く躱せば回避は容易いと言う事だからな。テレフォンパンチとさほど変わりは無い。
「大丈夫か二人共? 体が強張っているぞ?」
「「だ、大丈夫……」」
「そうは見えないんだがな……」
俺の問いに気勢を張って大丈夫だと答える2人に、思わず苦笑を漏らしてしまう。俺が声を掛けた事で2人の体の強張りは大分取れているが、まだまだ普段と比べれば緊張しているのが一目で分かるからだ。
まぁ緊張せず高揚感にまかせて、無謀な突撃を仕掛けるよりは大分マシだけどな。
「さて、二人共。相手が動いていない内に、敵情についてお浚いしておこうか? 勿論、モンスターから目を離さないでだ」
俺は裕二と柊さんが仕掛けている“威圧”による牽制で、動く切っ掛けを掴めないでいるホーンラビットを横目で確認しつつ、普段と変わらぬ口調と声色で美佳と沙織ちゃんに対モンスター戦闘のレクチャーを始めた。
本来、敵の前で悠長に会話をするなど言語道断の行為なのだが、緊張で体が強張っている二人をリラックスさせる意味でも会話は必要だろう。
「2人はあのモンスターの名前、当然分かっているよね? 探索者試験の講義でも、基本程度は習っている筈だしさ?」
「う、うん。ホーンラビット……だよね?」
「正解」
俺の質問に美佳は自分の出した答えを、不安気な表情を浮かべながら口にする。比較的簡単な問題なのだが、モンスターと対峙していると言う緊張で自信が持てないでいる様だ。
「じゃぁ次の質問、ホーンラビットの特徴と、攻撃法は? これは沙織ちゃんが答えて」
「あっ、はい! えっと……ホーンラビットの特徴は、頭の角と跳躍力です。そして攻撃方法は、跳躍しながら額の角を敵に突き刺す跳躍突撃だった筈です。跳躍による瞬間的な加速が可能で、近距離で跳躍突撃を仕掛けられると新人探索者では無傷で回避するのは困難……確かそう講義の時に聞きました」
「うん、正解。必要な情報は、きちんと覚えているみたいだね」
「あ、ありがとうございます!」
俺が正解した事を褒めると、沙織ちゃんは嬉し気に頬を緩める。
そして、そんな俺と沙織ちゃんの姿を美佳は、不機嫌そうな表情を浮かべながら睨む様に見ていた。うん。どうやら緊張も解れ、何時もの調子が戻って来たみたいだな。
良い感じに緊張が解れた2人の様子を確認し、俺は本題の話を進める。
「よし。じゃぁ敵のお浚いも終わった事だし、本番行ってみようか?」
「「……はい!」」
今度の返事からは、緊張はしていても強張っているといった印象は受けなかった。この様子なら、対モンスター戦闘を行っても大丈夫だろう。
「じゃぁ今回はまず、美佳からやってみるか」
「わ、私から!?」
「そっ。……行けるよな?」
「う、うん。分かった……やってみる」
「良し。じゃぁ……裕二!柊さん!」
美佳が槍を強く握り締めながら了承したので、俺はホーンラビットを牽制している裕二と柊さんに声をかける。
「ん? 準備出来たのか?」
「ああ。あのホーンラビットの相手は、美佳がやる事に決まったから」
「美佳ちゃんが? そうか、分かった」
「それと、美佳が前に出たら牽制をやめて裕二と柊さんは少し後ろに下がって。2人が美佳より前に行くと、ホーンラビットの狙いが美佳から外れる可能性が出てくるからさ」
「了解」
「分かったわ」
2人が美佳の隣に並んでいたら、ホーンラビットが美佳を狙うか分からなくなるからな。まぁ、必要な措置だろう。それに今の今まで牽制していたのだ、同列で並んでいればホーンラビットは裕二と柊さんを優先して狙う可能性もあるしな。
……よし、これで準備はOKだな。さて、美佳と沙織ちゃんの様子はっと。
「美佳ちゃん。頑張ってね!」
「任せてよ、沙織ちゃん!」
沙織ちゃんは美佳と向かいあって、激励の声をかけていた。
「気合は十分と言った所だな。美佳、準備はもう良いんだな?」
「うん! 何時でも行けるよ!」
「よし。キチンと援護はしてやるから、気圧されず頑張れよ」
「うん!」
美佳は緊張の面持ちのまま気合の篭った返事をした後、一度深呼吸をしてから裕二の前に出る。槍をホーンラビットに向けて構え、何時襲いかかって来ても対処出来る様にと美佳は意識を集中し始めた。
「……」
重蔵さんに稽古を付けて貰っているだけあって、中々見事な集中具合だ。緊張した面持ちだが、ホーンラビットの挙動をひとつも見逃さないとでも言いたげな美佳の意識が、槍を構える姿から滲み出している。
でも残念。あれだと、意識をホーンラビットだけに集中し過ぎているんだよな。まっ、初めての対モンスター戦だから仕方無い部分もあるんだろうけどさ。
対モンスター戦に慣れてきたら、早めに改善させないといけないな。
「裕二、柊さん」
「「……」」
見付けた美佳の改善点を心のメモに書き留めながら、俺はホーンラビットを“威圧”で牽制している裕二と柊さんに声をかける。すると俺の意図を汲み、2人は無言で頷き牽制の為に放っていた“威圧”を消した。
そして次の瞬間、裕二と柊さんからの威圧から解放されたホーンラビットは甲高い威嚇の声を上げながら美佳へ突撃を仕掛けてくる。その際、美佳の表情が僅かばかり強張るのが見て取れたので……。
「美佳。練習した通り、ホーンラビットの突撃は正面で受けずに、タイミングを見計らって躱せよ! レベルアップをしていない今のお前の防御力だと、防具を着けていても角が突き刺さって怪我をするからな!」「まかせて、上手く躱してみせるよ!」
ホーンラビットの突撃開始を確認した俺は美佳に最後のアドバイスを出し、そんな俺のアドバイスに返事を返す美佳の声から硬さは見られない。どうやら上手く、持ち直せたようだ。モンスターの突撃を目前にしてこれなら、俺達が手を出さなくても大丈夫そうだな。無論、何時でも助けに入れる様に準備はしているけど。
そして急速に美佳との距離を詰めたホーンラビットは助走の勢いそのままに、美佳の4~5m程手前で跳躍し美佳の胸元目掛けて角を突き出しながら跳躍突撃を仕掛けた。
「……っ!」
ホーンラビットが地面を蹴って跳躍した瞬間、美佳は斜め後方へ移動しながらホーンラビットの突撃軌道上から体を逸らす。
そして攻撃対象を失ったホーンラビットは何も無い空中を勢い良く通過し美佳の5m程後方で着地し、少し地面を滑りながら全身のバネを駆使して突撃の勢いを殺し動きを止めた。
「ていっ」
そしてホーンラビットが動きを止めた瞬間を狙い、俺は用意していた例のアレを使ってホーンラビットへと足止めの支援攻撃を仕掛けた。
結果……。
「ギュゥゥゥッ!?!?」
俺の攻撃を受けたホーンラビットは顔を真っ赤に染め、絶叫を上げながら顔を地面に打ち付け悶え転がる。
そして俺の手の中には、真紅の雫が滴る小型の水鉄砲が握られていた。
「「……」」
この結果に、美佳と沙織ちゃんは口を開け呆けた様な表情を浮かべていた。
「やっぱりモンスターが相手でも、これは良く効くよな……」
「そうだな。耐性持ち以外の大抵のモンスターは、それを食らった一発で行動不能だからな」
「そうね。でもだからと言って、そればかりを多用していたら危ないわ。探索者を続けるのなら、依存しない様に気を付けないと……」
「そうだね」
俺達はホーンラビットの挙動を警戒しつつ、久し振りに使ったホットソース鉄砲を眺めながら、相変わらず抜群の効果に感心すると共に依存する危険性を再確認した。
そんな俺達に、正気を取り戻した美佳と沙織ちゃんが声を荒立てながら次々に質問を浴びせ掛けてくる。
「お、お兄ちゃん! 一体何したの!?」
「そ、そうですよ! 水鉄砲攻撃で、あんなに悶えるなんて普通じゃありませんよ!?」
「まぁ、落ち着いて二人共。何をしたかは、ちゃんと説明するから。今はまず、ホーンラビットに止めを刺そう。行動不能だとは思うけど、あのまま放置する訳にはいかないからね」
俺は声を荒立てる2人を宥めながら、転がるのをやめ痙攣し始めたホーンラビットを指さす。
「「……」」
「どうした、美佳? ほら、早く止めをさせよ」
「あっ、うん。えっと、その……」
俺がホーンラビットに止めを刺す様にと指示を出すと、美佳は一瞬沙織ちゃんと目を合わせた後、バツが悪そうな表情を浮かべながら口をまごつかせる。
「ねぇ、お兄ちゃん。止めを刺さなくちゃ、ダメ?」
「? 何を言ってるんだ?」
「だ、だって! あんな姿を見たら、その……」
ああ、なる程……そういう事か。どうやら美佳は先程のホーンラビットの七転八倒する姿を見て、哀れみから止めを刺す事を躊躇している様だ。まぁ確かに、さっきの姿は哀れみを誘うには十分だからな。
だけど……。
「ダメだ。美佳、お前の手で止めを刺せ」
俺は美佳の持つ槍を指さしながら、表情を消し淡々とした口調で止めを刺す様にと伝える。ダンジョン探索初心者の美佳には厳しい言い方だが、ここで止めを刺さないと言う選択をとらせると、今後の美佳の探索者業に悪影響が出かねない。一度、情にほだされモンスターに止めを刺させなかったと言う前例を作ってしまえば、似た様な状況で同じ事を繰り返してしまう可能性があるからな。
「で、でも……」
「それにな、美佳。ここで手負いのモンスターを見逃して、万が一そのモンスターが他の探索者を死傷させたらどうする? その時きっとお前は、何であの時ちゃんと止めを刺さなかったんだと後悔する事になるぞ? 特に、勝てないモンスターと戦闘し手傷を負わせ撤退するとかなら話は変わるんだろうが、余裕を持って止めを刺す機会が充分あったのに情にほだされ止めを刺せなかったモンスターがとなるとな……」
「「……」」
俺の話を聞いて美佳と沙織ちゃんは、何か言いたげな表情を浮かべたまま押し黙り、暫く顔を俯かせ考え込む。俺が口にした仮定を、想像しているのだろう。
そして……。
「……分かった、私が止めを刺すよ」
顔を上げた美佳の瞳には、覚悟を決めたと言う意志が色濃く見て取れる。
そして槍を持つ美佳の手は、余程強く握り締めているのか若干爪先が白くなっていた。
「そうか、じゃぁ気を付けろよ。行動不能だとは思うけど、油断をして気を抜いて良いって訳じゃないからな。相手がどんな状態であっても、反撃をしてくる事を想定して行動しろよ」
「……うん。分かった」
俺の忠告に返事を返した後、美佳は槍を構え痙攣を繰り返すホーンラビットに歩み寄る。
そして……。
「ふっ!」
「ギュゥッ!」
美佳は一息に、手に持つ槍をホーンラビットの胴体目掛けて突き出した。
そして穂先は狙い違わず、ホーンラビットの胴体に突き刺さる。だが、突き刺した場所が悪かった。
「ギュゥゥゥッ!? ギュゥゥゥッ!?」
槍を突き立てられたホーンラビットは、先程までの痙攣していた姿は何処へやら。槍が突き刺さったまま、体を激しく暴れさせ始める。
ホーンラビットが暴れるせいで槍を突き刺した傷跡は刃で切れ広がり、大量の血で血だまりが出来始めた。
「わっ!? ちょっ!? 血ぃ!?」
「何をしているんだ、美佳! 早く槍を抜いて、もう一度突き刺せ!」
「えっ!? で、でも!?」
「モンスターの生命力を舐めるな! 首を刎ねるか、急所を一撃で刺しでもしない限り、そう簡単には死なないぞ! ほら、早く!」
「う、うん!」
美佳は何とか槍を暴れるホーンラビットの体から引き抜き、今度は首筋目掛けて槍を突き出す。暴れまわっているので多少狙いは逸れたが、槍の穂先はホーンラビットの首筋を少し逸れた所に深々と突き刺さった。
「ギュゥッ!」
槍を突き立てられたホーンラビットは短い悲鳴を上げた後、力無く血溜りの中に崩れ落ち動かなくなる。辺りは一撃で仕留めきれずホーンラビットが暴れまわったせいで、血が飛び散りかなり凄惨な光景が広がっていた。
「……終わったの?」
美佳は血溜りに沈むホーンラビットに槍を突き刺したまま、呆然とした様子で本当に仕留められたのかと疑問の言葉を漏らす。それを聞いた俺は素早く鑑定解析を使い、ホーンラビットの状態を確認し……。
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと仕留めているぞ」
「……そう」
「もう直ぐ死体は消える筈だ、槍は抜いておけ」
「……うん」
美佳は俺に言われるがままに、呆然とした様子のまま槍を抜く。
そして槍を抜いて数十秒程するとホーンラビットの死体は光の粒に変わって消え、後には一塊の肉片がドロップアイテムとして残されていた。
美佳ちゃんの初めての対モンスター戦闘ですが、中々強烈な経験となりました。トラウマにならなければ良いのですが……。




