邪神様と対話
本日1回目の更新です。
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──邪神様と対話
フェリクスは帝都中央病院──少なくともかつてはそうであったものに向けて走った。背後ではエリザベスとマティアスがクラウディアとの交戦を開始し、激しい爆発音などが響いてくる。だが、フェリクスは振り返らない。
フェリクスは肉塊に覆われた帝都中央病院の中に入った。
「イリス嬢! いるのだろう!」
そして、彼は叫んだ。イリスの名を。
しかし、それに答えるものはおらず、フェリクスは肉塊まみれの病院内を進んだ。
ただ彼が病院内を進むと、それに合わせたように肉塊が引き、それによって道が作られた。それはイリスが彼を歓迎しているのか、あるいは誘い込もうとしているのか。それを知るすべは今のフェリクスにはない。
「イリス嬢! どこだ!?」
フェリクスは廊下を進み、階段を上り、イリスを探す。ひょっとしたらイリスは既に自分の知っている姿ではないかもしれないが、彼はそれでも懸命にイリスを探した。
そこでフェリクスは人の声が聞こえてきたのを捉えた。間違いなく人間の声が、この肉塊に塗れた病院の中から聞こえてくる。
「イリス嬢! そこにいるのか!?」
フェリクスはその声の方向に向かって進んだ。
「イリス嬢……!」
そして、そこにイリスがいるのをフェリクスは見た。ドレス姿の変わらぬイリスが、ふたりの人物を前にお茶会でもしているかのように肉塊でできた円卓を囲んでいた。
そのふたりの人物はカールとアンネリーゼ。イリスの両親だ。
「ああ。フェリクス様、どうされましたか?」
イリスはまるで何事もなかったかのようにフェリクスに尋ねてくる。
「イリス嬢。帝都は混乱状態だ。人々はお前を敵対的神格だと呼んでいる」
「そうですか。それは多分、人々の感じる恐怖のためでしょう。でも、大丈夫なんですよ。その恐怖もやがてはなくなりますから」
「それはどういう……」
「みんなに迷惑をかけない方法を、私はついに見つけたんです」
フェリクスの問いにイリスは満面の笑みでそう答える。
「みんなが悪夢を見るのも、みんなが自殺をしてしまうのも、みんなが傷つき、そして死んでしまうのも。それらは全てみんなが弱いから。だから、私はみんなの体を作り替えて、そういうことが起きないようにするんです」
そう語るイリスはかつてののんびりとした雰囲気のままで、ただその彼女の口から語られている事実だけが酷くおぞましいものであったのみ。
「人を傷つかないように、死なないように、私が作り替える。そうすれば金色祭のあとも私は学園にいることができるんです!」
嬉しそうにそう語るイリスの前には、彼女の両親がいるが彼らもにこにこしているだけで言葉を発しようとしない。
「イリス嬢。両親にもそうしたのか?」
「ええ。両親はもう魔女に襲われても死んだりしませんよ。カルトも魔女も、全くの脅威ではなくなるんです」
「そうか……」
イリスが語るのをフェリクスは静かに聞いていたが、彼はあることを口にした。
「イリス嬢。お前がそうすれば、お前の愛した人はお前の知っている人間ではなくなるだろう。違う人間に、違う存在になるだろう。それでも満足なのか?」
「違う人間……?」
「そうだ。人間は恐怖があり、痛みを感じることを前提に精神を発達させてきた。それを歪めてしまえば、元の人格だって大きく変わるだろう。精神を入れる器の形が変われば、精神もまた変わるのだから」
そう、人間から痛みや苦悩を取り除けば、もうそれは人間としての精神ではなくなるだろう。その精神は歪み、別のものになってしまう。
「私がお前を思う気持ちは幸せばかりではなかった。お前のことを思えば、胸が苦しくなることもあった。お前に会いたいと思い続け、悩み、苦しんだ日々もあった。お前は私のこんな感情すらも取り除いてしまうというのか?」
「それは……」
「苦悩があるからこそ幸せがある。幸せしかない人生は平坦で、感じるものは何もなくなってしまう。違うか?」
フェリクスはそう問う。
「本当にお前が愛していたものを思い出せ。それはこのような肉の塊ではなかったはずだ。イリス嬢、お前は人間として生きて、人間という生物を愛していたはずだ」
フェリクスがそう言うのにイリスは視線を地面に落し、俯いた。
「私はまた間違えて……大変な騒ぎを起こして……。自分が嫌になります……」
イリスはそう呟くように言う。
「これはお前が人を思った結果だ。ローゼンクロイツ協会が言うように人類に敵対したから、引き起こされたものではない。それだけで十分だ。さあ、ここから出よう、イリス嬢。学園では金色祭が開かれる。一緒に踊ってくれるのだろう?」
「ダメです。もうここにはいることはできません。私がいる限り、魔女がいて、カルトがいて、そして狂気があるのですから。私はここを去らなければならないのです」
「だが、金色祭に出ることぐらいは……!」
「いいえ。もうこれ以上、私は我がままを言ってはいけないんです。けど……」
イリスはそう言ってひとつの箱を取り出した。
「金色祭のプレゼントです。これだけは渡しておきたくて持ってたんです」
「イリス嬢……」
「私は私がいた異界に戻ります。楽しかったですよ、学園生活!」
イリスはそう言ってフェリクスに金色祭のために買っていたプレゼントを差し出した。フェリクスはそれを受け取り、包装をはがし、中に入っていた『I&F』と刻まれたサバイバルナイフを見た。
「ちゃんと名前入りですから、私がいなくなってもそれを見て思い出してください。よければ、ですが」
「ああ。もちろんだ。だが、待ってくれ。本当にすぐに行ってしまうのか? もう少しだけでも……」
「そうですね。魔女たちに対処しなければなりませんね。特に私の大事な人たちを傷つけたクラウディアには」
イリスはそう言うと右手を掲げた。
* * * *
エリザベスとマティアスは依然として高位魔女クラウディアと交戦中であった。
「ベス! そっちから召喚生物の新手だ!」
「ええ! 分かっています!」
魔女協会との戦闘でローゼンクロイツ協会側の戦力はほぼ壊滅しており、魔女たちを道連れに大勢の職員が犠牲になっていた。
それでも高位魔女たるクラウディアは未だに倒せていない。
「どうした、ローゼンクロイツ協会の犬ども? 息が上がっているようだな?」
高位魔女クラウディアは苦戦するふたりをせせら笑い、次々に攻撃を仕掛けてくる。この世界の一般的な魔術とは違う魔術でエリザベスとマティアスを攻撃し、召喚生物を次々に召喚してはけしかけてきた。
「そろそろ終わらせるとしよう」
クラウディアは指揮棒で五芒星を描くと、そこから肉と骨の槍をエリザベスを狙って放った。直撃すればエリザベスは貫かれて死ぬだろう。
「ベス!」
しかし、ここでマティアスがすかさず飛び出し、エリザベスと突き飛ばした。しかし、肉と骨の槍はエリザベスではなく、マティアスの左腕を貫き、その腕を強引に引きちぎっていった。
「クソ、クソ、クソ!」
「マティアス! おのれ!」
マティアスが苦痛に叫ぶ中でエリザベスが反撃しようとしたときだ。
周囲に蠢いていた肉塊が突如して召喚生物たちを捕えて飲み込み、そのまま握りつぶすように殺して行った。
「何だ……? まさかイリス、またはイリリースが……?」
触手がうねり、次に捕えたのはクラウディアであった。触手はクラウディアの四肢を掴み捻り上げていく。
「はははっ! 我らが神はまだ我々に知性は相応しくないというのか! その答えはこの身で受けよう! ひひっ! いずれ高次元の──」
そして触手はクラウディアをぐちゃぐちゃに引きちぎった。ぼとぼとと落ちたクラウディアの死体は蒸発するように消えていき、高位魔女クラウディアは死んだ。
「肉塊が、イ=スリ・リスが消えていきますよ、マティアス」
「ああ。あのクソガキがやりとげたみたいだな……」
「ええ。マティアス。あなたもしっかりしてください。後方に運びますから……。マティアス、マティアス!?」
エリザベスが慌てる声が響く中、帝都を覆っていた肉塊が、急速に帝都中央病院の方へと下がっていき、消えていった。
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今日は18時ごろにもう1度更新します。




