みんなの年末
……………………
──みんなの年末
楽しい年末が近づく中、イリスたち以外も年末に備えていた。
学生寮で暮らしている生徒も、実家で暮らしている生徒も。
その様子を覗いてみよう。
* * * *
フリーダとエミリアは学生寮での金色祭に備えつつあった。
「飾りはこれぐらいでいいかな?」
「ええ。とても綺麗にできていますよ」
金色祭ではクリスマスと同じようにツリーを飾る。そのツリーに飾るものを、フリーダたちは手作りしていた。
いくらお金持ちの学校であろうと予算が無限にあるわけではない。なので、この手のものは可能な限り手作りで賄われる。またこのような作業を通じて、生徒同士の友情を育むことも目的のひとつであった。
「エミリアは年末の休みは実家に帰るんだよね?」
「ええ。金色祭が終わったら一度実家に」
「あたしもなんだ。っていうか、残る人の方が少ないか」
学生寮は年末年始も生徒が暮らせるようになっているが、多くの生徒は年末年始の休みは実家に帰るのが普通だ。
帝国においては年末年始の休みは貴重な家族との時間であることが多く、それはこのアーカム学園においても例外ではない。事情がある生徒たち以外は金色祭が終わり、休みが始まれば実家に戻り、家族と過ごす。
「あたしの家は兄弟姉妹が6人で家族が多いから帰ると大変でね。それに実家は地方だから帝都のお土産を買ってきてとか言われるしさ。本当に帰るだけでも一苦労ってところなんだよ」
「ふふ。でも、そういうたくさんの兄弟には少し憧れます」
「うるさいだけだよ。本当にさ」
エミリアはフリーダがそう言いながらも、家族のためのお土産を悩みに悩んで買っていたことを知っている。何だかんだでフリーダも家族が大事なのだと。
「エミリアは一人っ子だっけ?」
「ええ。とはいっても、実は私は自分でどういう生まれなのか分かっていないのです」
「生まれが分かってない?」
ここで初めて耳にする話にフリーダが不思議そうな顔をする。
「はい。私はとても幼いころに今のリッターバッハ家に養子として引き取られていて。だから、実の両親や家族について知らないことがあるのです」
「そうだったんだ……」
エミリアは幼いことにリッターバッハ家の養子となっていた。そのことはエミリアが物事が分かるようになった年に教えられており、今まで秘密にされていたことではない。それにリッターバッハ家はエミリアが養子だからと言って差別しなかった。
しかし、出自についてはエミリアを引き取ったリッターバッハ家も理解しておらず、ある大物貴族からどうか養子にしてあげてほしいと言われて、リッターバッハ家は引き取ることを決めたということであった。
だが、その大物貴族については未だにエミリアも誰なのか、教えられていない。
「もしかしたら、この学園の中に生き別れた兄弟姉妹がいるのかもね」
「そうだったら、是非とも会ってみたいですね」
フリーダとエミリアはそのような話をしながら、金色祭の飾りつけを進めた。
* * * *
アルブレヒトは父であるフェルディナンドとの仲が悪いのは以前にも記した。
しかし、父であるフェルディナンドをアルブレヒトも避けては通れない。まして、それが家族の時間とされている年末年始においては特にそうだ。
アルブレヒトは自宅から通学しており、金色祭が迫るこの日も実家に帰宅しており、夕食の場で父フェルディナンドと席を共にしていた。
「アルブレヒト。最近、学園はどうだ?」
フェルディナンドが全くアルブレヒトの方を見ずにそう尋ねてくる。
「特に問題はありません、父上」
アルブレヒトは一度フォークとナイフと握る手を止めて、そう父に答えた。
「そうか」
アルブレヒトの答えにフェルディナンドは満足したのか、していないのかも分からず、再び夕食の席に沈黙が訪れた。
フォークとナイフがかすかに立てる音だけが聞こえる食卓だ。
「……思う女性はできたか?」
しばらくの沈黙既にフェルディナンドが再びそう尋ねてきた。
「はい」
「どのような女性だ?」
「聡明で文学に造詣が深い女性です」
「文学に、か」
ここでまた沈黙が訪れる。アルブレヒトが文学の話をするのを、軍人であるフェルディナンドが好まないのは前々からのことであり、今回も父は不機嫌さを現しているのだろうとアルブレヒトは思った。
「その女性を大切にしなさい。私はもうお前に軍人になってほしいとは思っていない。だが、一度決めたものはやり通すことは望んでいる。文学の道を進むのであれば、その道で偉業と呼べるものを成し遂げなさい」
「はい、父上」
しかし、アルブレヒトにはどうしてフェルディナンドが急に自分が文学の道を選んだのを認めてくれたのか、分からなかった。それはあまりに唐突であったのだ。
「帝国青年文化祭に出されていたお前の作品を読ませてもらった。お前がただ軍人という道から逃げるためだけに文学を選んだのではないと理解した。お前は本当に文学が好きなのだと」
フェルディナンドはそう言いながらじっとアルブレヒトを見た。
「お前は私とも兄たちとも違う。そう認めよう」
「ありがとうございます」
ひとつの家族がそう和解した。
* * * *
イリスが出ていったラウエンシュタイン家にも年末は訪れている。
「ひっひひひひひ! いよいよ冒涜的なユールの日が近づいている。我らがイリス、またはイリリースもその力を大きく発揮することであろう……ふひひひ!」
「そうね。かのものが自らの意志を示し、我らに鎮まるように命じたのちも、依然としてかのものを崇める声はやまない。高次元の知性への礼賛と探求の声はやまず、いつ彼女が私たちに新たな脳を授けてくれるのかを待っている。ふふふ……」
カールとアンネリーゼたちのような異端者たちも年末に行事はある。それはユールの日と呼ばれるものであるが、一般的なユールの日とは異なり、古代から崇拝されてきた異端の神々を崇めるための祭日であった。
その日にカルトは集会を開き、異端の神々への忠誠を示すのだ。
しかし、今年はそのユールの日に盛大な集会を開くのはやめになっていた。
「イリス、またはイリリースが我々に命じたように、我々は待たなければならない。彼の存在が我々を知性化するに値するという判断するその日まで。全ては偉大なるものの意志にかかっている。それこそが我々の崇拝のありよう」
イリスは人類を知性化するタイミングは自分で選ぶと述べた。その方法についても自分が示すとした。カールたちはそれを了解し、今は待っているのだ。彼女がかつて自分たちに知性を与えてくれたように、再び人類に高次元の脳を与えてくれるのを。
「我々はユールの日は静かに過ごすが、イリス、またはイリリースは金色祭なるイベントを楽しみにしているようだ。金色祭なる祭事では、美しく着飾り、富と権力を見せつけ、他者への支配を強めると聞いている……ひひひ!」
「ええ。我らが偉大なるものはそれを楽しみにしていたようね。それならばかのものがその存在を軽んじられないだけのものを捧げるべき……ふふふ」
「ああ。そうだ。偉大なるイリス、またはイリリースが軽んじられてはならない。腐肉の女王を、玉座に蠢く闇を、今は公に讃えられずとも、その存在は偉大であり続けるのであるから……」
要はイリスが金色祭を楽しく過ごせるようにドレスを贈ろうという話である。
* * * *
皆の年末はこうして過ごされて行き、金色祭が近づく……。
……………………




