邪神様と金色祭に向けて
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──邪神様と金色祭に向けて
金色祭は聞くところによればクリスマスパーティであり、社交の場であるらしい。
「意中の相手とダンスを踊って、親交を深めるのが定番だよ」
「へえ。そうなのですか」
「他にも友達同士でプレゼントを交換したり、合唱部と吹奏楽部はチェリティの演奏をやったりもするね。イリスは何か予定はある?」
「特にないです。最後の思い出作りというところでしょうか」
クリスマスに予定がない。前世と同じである。自分で言ってて悲しい……。
「え。フェリクス様と躍るんじゃないの?」
「まだその約束はしてないですね」
「じゃあ、しないと! 最後の思い出だよ?」
フェリクスとダンスかー。学生生活最後のクリスマスにぼっちだったという思い出が残るよりはずっといいかも。ただ問題があります。
「あの、フリーダ。ダンスってどう踊ればいいんです……?」
そうなのです。私は社交ダンスなんて未経験なのです。
「一般的な社交ダンスだよ。大丈夫、心配しないで。あたしでも踊れるくらいだから」
「私、本当にダンスの経験がなくて……。やっぱり練習とかしておいた方がいいんでしょうか?」
「練習をするなら付き合うよ!」
フリーダはそう提案してくれた。
「ありがとうございます、フリーダ。なら、お願いしてもいいですか?」
「うん。けど、もっとイリスを手伝いたい人がいるみたいだよ?」
「はい?」
そういうフリーダの視線は私の背後を見ていて──。
「わ! フェリクス様、ど、どうして私の背後に……?」
「ダンスが踊れないと聞こえたからだ」
「え、ええ。そうですけど……」
「練習をするのならば私が手伝おう。社交ダンスは男女で踊るものだ。フリーダ嬢とでは練習をするのは難しいだろう」
フェリクスはそう提案してきたが、つまり盗み聞きしていたな~?
「イリス。フェリクス様を頼った方がいいよ。あたしも一応男性パートは踊れるけど、一応ってレベルだから」
フリーダもそう促してくる。
確かに社交ダンスって男女で踊るものですよね。フリーダに負担をかけても悪いので、ここはフェリクスを頼りましょう。
「では、お願いします、フェリクス様」
「ああ。生徒会室であとで会おう」
フェリクスに教えてもらえばダンスはどうにかなるでしょう!
……と思ったが、そもそもまだ金色祭でのダンスの約束もしてなかったですね……。
* * * *
レコードプレーヤーから厳かに流れる音楽とリズムに合わせて私はステップを踏もうする。
「あ! す、すみません、フェリクス様! また足を……」
「気にするな」
私はステップではなくフェリクスの足を踏みまくっていた。
何せ社交ダンスと言うのは距離が近いのです! お互いに接近して、複雑怪奇なステップを刻まなければならないのに、足元を見ていてはいけないという難易度ハードコアな代物なのです!
「イリス嬢。足を踏むことは気にするな。足は踏んでもいい。だから、私を信頼して身を任せるように動くんだ。私がリードするから、それに身を任せるように動いてくれ」
「は、はい」
フェリクスはそう言ってくれるが、実に申し訳ない……。
私は何とか動きを覚え、ダンスをやり遂げようとした。
「一度成功した動きは完全に覚えているようだ。その調子だぞ、イリス嬢」
「はい」
邪神様の記憶力は抜群なので、一度成功すればもう失敗することはない。とは言えど、一度で完全に正しい動きができれば練習なんて必要ないわけで。成功するまでが大変なのです。
それでも私がぎこちない動きでステップを踏むのをフェリクスはちゃんとリードしてくれている。そのおかげで私はみるみるうちにに正しいステップと動きをマスターしていったのだった。
「いいぞ、イリス嬢。もうほとんどおかしなところはない。一度最初から通してやってみるか?」
「はい」
「では、行こう、フロイライン」
フェリクスはレコードプレーヤーのレコードをセットし、音楽を流すと、私に一礼してから私の手を取った。
フェリクスにリードされながらも、私は確実に正しいステップと動きを音楽に合わせる。自分でも驚くくらいちゃんと踊れるようになり、私の緊張もほどけて、思わず笑みが浮かんできた。
「いい調子だ、イリス嬢」
フェリクスもそう笑顔で言う。
そして、音楽は最後まで流れ、私は完全に踊り切った。
「ふう。ありがとうございます、フェリクス様。これで無事に踊れそうです」
「お礼はいい。私からも頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
フェリクスが頼みたいこととは珍しい。
「金色祭で私と一緒に踊ってはもらえないか?」
フェリクスは真っすぐ私を見てそう頼んできた。
「ふふ。奇遇ですね。私もそうお願いしようと思っていたところです。せっかくの金色祭ですから、思い出を作りたいですものね」
「いや。私は……! ……そうだな。思い出は必要だな……」
いやあ。私もお願いしようと思っていたところだったので、向こうから言いだしてくれたのはありがたい限りだ。それにしてはフェリクスがあまり嬉しそうじゃないのが気になるのだが。超美少女の私が一緒に踊ってあげるのに不満か~?
「では、今日はありがとうございました。金色祭、楽しみにしていますね」
「……ああ。私も楽しみにしている」
私が超美少女スマイルで改めてお礼を言うのに、フェリクスはかすかに笑みを浮かべていた。
* * * *
フェリクスが生徒会室に戻ると、そこには会長のクラウスの他にエリザベスやマティアスがいた。どうやらカルトについて話し合っていたようだ。
「イリス嬢は踊れるようになったか、フェリクス」
「ああ。大丈夫だ。間違いなく踊れるだろう」
「先生がよかったな」
フェリクスが答えるのにクラウスが意地悪げに笑って見せる。
「はん。神格に芸を仕込んでるのか? 社交ダンスの次は玉乗りでも教えるのか?」
「失礼ですよ、マティアス」
「けっ! いつあの神格の気まぐれで殺されてもおかしくないんだから、愚痴ぐらい言わせろよ。あれにとっては俺たちは羽虫以下の存在なんだぜ?」
マティアスがタバコを片手にそう言うのにエリザベスが彼を睨む。
「ひとつ聞きたいことがある、エリザベス嬢。あなた方ならば詳しいだろうことだ」
「何でしょうか?」
と、ここでフェリクスがマティアスの皮肉を気にせずエリザベスに尋ねる。
「あなた方の言うところの異世界の神格、それと結ばれた人間はいるのか?」
フェリクスがそう尋ねたのにエリザベスが警戒したような表情を浮かべる。
「それに答えるには慎重にならなければなりませんね。最初はどうしてそのようなことを尋ねるのかという、こちら側の疑問に答えてもらうことからです」
「私は……イリス嬢のことが好きだ。彼女と結ばれたいと思っている。だからだ」
「それは神格としての彼女を崇拝しているということですか?」
「違う。ただひとりの人間としてだ」
エリザベスが質問を重ねるのにフェリクスはそう言った。
「やめとけ、ガキんちょ。ろくなことにならないぞ。あれは人間じゃない。邪悪な神格だ。俺たちとは全く異なる高次元の化け物だ。それを人間として愛するってのはどだい無理な話だ。それぐらいのことは賢い頭でわかるだろ?」
マティアスはそう警告して禁煙であるはずの生徒会室でタバコをふかした。彼の表情には僅かにだが、あざけりの色が見える。
「エリザベス嬢、あなたから結論だけ教えてくれ。結ばれることはできるのか、完全に無理なのか」
「……私から言えることはマティアスと同じです。やめておくべきです」
エリザベスはマティアスとは違い、真剣な表情でそう助言する。
「そうか……」
ふたりにそう言われたフェリクスはそう言って黙り込んだ。
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