邪神様と崇拝の形
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──邪神様と崇拝の形
夕食後、私はフェリクスの部屋に向かった。
「フェリクス様。イリスです」
「入ってくれ」
「では、失礼します」
フェリクスの部屋はなかなか立派な部屋で、ぎっしりと本が詰まった本棚があり、マホガニーの机がありと大人が持っている書斎のようでもあった。
「座ってくれ」
フェリクスはそう言いながら、私にお茶を差し出した。ハーブティーだ。
「まずローゼンクロイツ協会にクラウスを経由して接触している。向こう側からまだ返事は来ていないが、もし学園でエリザベス嬢たちに遭遇しても問答無用で攻撃してくることはないだろう」
「それは何よりですね」
「ああ。だが、まだ油断はできない。向こう側に無条件で保護してもらうのは無理だ。こちらも何かしら譲歩する必要がある。その譲歩を何にするか、だが……」
「譲歩ですか……」
持てるカードを切らなければならないのだが、そもそも持ってるカードがあまりない。悪夢を止めるのは無理だし、私が自らの意志でこの地球を去るのも難しいし、これまで発狂した人たちを元に戻すのも無理。
私としては『可能な限りお行儀よくしておきます!』ぐらいしか提案できることはないのです。
「分かっている。お前が意図して悪夢を引き起こしているわけではないことは。そこで調べてみたんだ。お前の信仰について、少しばかり」
「私の信仰ですか?」
「エーリッヒ館長が言っていたイ=スリ・リス異本について調べた。ほとんどの学術書ではフェイクだとして相手にされていなかったが、ある大学の教授はイ=スリ・リス異本について興味深い記述を残していた」
そう言ってフェリクスはテーブルに一冊の本を置いた。
「ナサニエル・アーミテイジ教授。新大陸の大学で教鞭を取っていた人物で、彼が遭遇した事件とイ=スリ・リス異本、そこに記されていた異端の崇拝について書した書物を遺している」
「それがこの本──『イ=スリ・リス崇拝、そして我々の種の起源』ですか」
種の起源って確かダーウィンの書いた本ではなかったですか? それとは関係あるのでしょうか? というか、分厚いし、難しそうだし、娯楽小説すら読むのが大変な私には読める気がしないよ~。
「この本では人類の起源にイ=スリ・リスという存在がかかわっているという伝承について記してある。その伝承には無視できないほどの物証も確認された、と。この記述だ。読んでみてくれ」
「ええっと……」
* * * *
東方の異端たるイ=スリ・リス崇拝における最大の特徴は、人類という種が生まれた起源についての考え方であろう。
崇拝者たちは人類という種が知性化した要因をイ=スリ・リスに求めている。彼らの言葉で表現するところの『……冒涜なるイ=スリ・リス、千の種で孕みて、万の我らを産み落としし、偉大なる地母神。彼女の血は我らに真実を見る瞳を与え、嘘を語る舌を与え、苦しみを得るための脳を与えた……』という部位だ。
彼らはイ=スリ・リスと人類の起源となった猿人が交わった子孫が、今の人類であると明確に記している。彼女の血によって我々人類は知性を得て、文明を築いたのだと考えている。
多くの宗教でも人間が知恵を得た経緯については記されている。それは多くの場合、神から与えられたものだ。楽園のリンゴやプロメテウスの火などにその特徴を見ることができる。
イ=スリ・リス崇拝もまた同じ文脈で描かれた神話なのだろうか?
私はその点においてイ=スリ・リス崇拝は他の宗教と明白に異なると考えている。彼らは神であるイ=スリ・リスの血を重視している。つまり、自分たちは神から与えられるだけの存在ではなく、神の縁者であると主張しているのだ。
私はこの点をおぞましく思う。
イ=スリ・リス異本にあるおぞましいイ=スリ・リス崇拝から見えるイ=スリ・リスという神。それは人間を生贄として食らい、人々を狂わせ血の狂乱を引き起こすような、我々の築いた秩序と文明に真っ向から反発する邪悪な存在なのだ。
そのような神との混血こそが我々人類であると考えるのは……あまりにもおぞましいことではないか。そのような神から得た知性というものの意味を考えるとよりおぞましくなる。
人間がときおり見せる野蛮な暴力、無慈悲な虐殺、残酷な圧政。原始的とは言えない文明のもたらす野蛮というもの。それらの原因が我々に流れる知性を与えた存在の血であるとすれば、それは目を覆いたくなるような事実だと言えよう。
イ=スリ・リス崇拝、そして我々の種の起源より
* * * *
「これは何というか、難しいですね」
読みました。難しかったです。
「人以外の血が、人に流れている。そして、それこそが我々を知性化したのだとイ=スリ・リス崇拝のカルトは主張している。だから、お前と交わりより血を濃くすることで、より高度な知性を得ようとそう考えている。これの著者は東方のイ=スリ・リス崇拝などを研究してそう結論している」
「なるほど。お父様はだから私に子供を産ませようとしているのですね……」
「お前が本当に知性をもたらしてくれるかは私には分からないが」
私はこれぐらいの本も理解できない残念な脳の持ち主ですもんね~。おお~知性、知性、知性、ああ~知性ってなんだ~?
「この本に私の悪夢を誘発する力の押さえ方などは記されていないのですか?」
「残念ながらイ=スリ・リス異本を分析した本であって、イ=スリ・リス異本の内容がそのまま乗っているわけではなかった。もしかすると、イ=スリ・リス異本を手に入れれば、そこに記されている可能性もあるが……」
「そうですか……」
イ=スリ・リス異本は見つけたけど、盗まれちゃったんですよね。誰が盗んだかと言えば、どうせカルトでしょうけど。
「ローゼンクロイツ協会の方でも何かの知識があるかもしれません。いざとなったら頼ってみましょう」
「そうだな」
悪夢を広域にまき散らす迷惑な存在である私が無害になるのは、どうにかして悪夢を見せる能力をどうにかしなければいけないのです。これがある限り自殺者も発狂者もいなくならないよ~。
「……イリス嬢。今もやはり帝都を離れるつもりなのか?」
と、ここでそうフェリクスが尋ねてくる。
「そうなるかと思います。ローゼンクロイツ協会に保護されるにしても、彼らは危険な私を帝都に置いておくとは思えませんし。私自身もカルトの襲撃が避けられるような、帝国の地方に行きたいなと」
「そうか……。しかし、それは少し待ってほしい」
「待つ、ですか?」
フェリクスが突然言い出したことに私は首を傾げる。
「12月に行われる金色祭まで待ってほしいんだ。可能か?」
「金色祭まで……? 12月の末ですよね?」
12月末にはクリスマスのようなイベントとして学園で金色祭がある。優雅なパーティで、美味しい料理がたっぷり出て、親しい友人たちと夜遅くまで過ごすという楽しそうなイベントだ。
ああ! フェリクスは私がそういう楽しいイベントを逃すのが可哀そうだからと思ってくれているのですね。いいやつだな~! 見直したぞ~!
「では、それまでは残れるように努力します」
「頼む」
私も年末の浮かれた空気の中で友達と過ごしたいし、楽しみだよ~。
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