邪神様は保護される
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──邪神様は保護される
私はフェリクスに連れられて、そのままシュタルクブルク公爵家の屋敷に。
「さて、イリス嬢。何があった?」
フェリクスは応接間でそう私に尋ねる。私はシュタルクブルク公爵家のメイドさんが出してくれた紅茶を一口飲んで気分を落ち着かせてから喋り始めた。
「それがですね。お父様から子供を作れと言われてしまって……」
「子供を? 許嫁でもいたのか?」
「いえいえ。カルトの狂信者たちの子を、です。何でも私の血を有する子供を作って、その血を濃くしていくことで、この星を私の眷属だらけにしたいようなのです。人間の血を淘汰するんだ~とか言っていて」
「狂信者たち……?」
「ええ。複数形です」
私は強制集団にゃんにゃんされそうなこととか、近親相姦させられそうなことをフェリクスに告げた。フェリクスの顔は最初はおぞましすぎることに青ざめていたが、徐々に怒りの色が見え始めてきた。
「許せん。そのようなこと。たとえイリス嬢が人でないとしても、知性ある存在を家畜のように扱うとは!」
フェリクスはそう怒りを見せてた。
「お前の身は私たちシュタルクブルク公爵家が守ろう。もう心配する必要はないぞ」
「ありがとうございます、フェリクス様。本当に助かります。ですが、一時的に避難させてくだされば結構です。準備ができれば帝都を離れて、どこか遠くに逃げようと思っておりますので」
「帝都を出るのか? 学園は?」
「ええ。学園に通えばカルトにも捕まる可能性がありますし、今は私を追っているエリザベスさんたちもいますから。それにここに長居することも、カルトによる襲撃が起きる可能性があります。私のトラブルにフェリクス様たちを巻き込むわけには……」
「そんなこと気にするものか!」
私が長期間はお世話になれない理由を説明するのにフェリクスが激昂。
「カルトが何だ。こっちには国家憲兵隊もついているし、必要があれば軍隊だって動員できるだろう。さっきのようにカルトどもなど蹴散らしてやる。だから、どこかに行くなど言うな……!」
フェリクスは私の肩を掴んでそう訴えてきた。ちょっとびっくり。
「し、しかし、カルトたちは実は危険な化け物も飼っていて……。それには国家憲兵隊が持っている銃火器も、軍隊の大砲も通じないと思うんですよ。そんなのが襲ってきたら大変なことになってしまいます」
「だからと言って、お前を見捨てることなどできない」
う~む。私としてはフェリクスのところで準備をさせてもらったら、さっさと帝都を離れるつもりだったのですが。
いずれ私がシュタルクブルク公爵家にいることはカルト側に伝わるだろう。そうなるとここが襲撃される可能性がある。カルト教徒が襲ってくるだけならともかく、もしクラウディアさんが飼っていたような化け物が襲ってきたら……。
あれには国家憲兵隊でも、軍隊でも勝ち目はないだろう。私にとってはワンパンで倒せる相手だったとしても。
「では、いっそエリザベスさんたちのところで匿ってもらいましょうか?」
「エリザベス嬢たちに? 何を言っているんだ。彼女たちは一連の事件の犯人としてお前を探しているのだぞ。そこに匿ってもらうなど、不可能だろう」
「ええ。確かに不自由は強いられるかもしれませんが、狂人の子を産まされるよりマシです。エリザベスさんたちにはカルトと戦う理由も方法もあるのですよ。彼女たちはある意味ではカルト対策の専門家なのでは?」
「そう言われれば、確かに……」
そうです、そうです。いっそのことエリザベスさんたちを盛大に巻き込んでしまえばいいのです。彼女たちはカルトの暗躍が防げ、私は大きな不幸を避けられる。Win-Winの関係になれるではないですか。
「……分かった。では、学園に向かおう。そこでエリザベス嬢たちと接触する。それまではこの屋敷にいろ。外には出るな。いいな?」
「はい」
というわけで、邪神様はシュタルクブルク公爵家に保護されました。
あとはエリザベスさんたちに接触して、どう交渉するかである。カルトの動きを伝えることはできるが、悪夢を止めろと言われると困る。何せ止め方を知らないので……。
そこら辺はフェリクスに頼ろう。今は人を頼らないと自分だけじゃ上手くいかない。
「こちらのお部屋へどうぞ」
私はとってもひろーいシュタルクブルク公爵家にある来客用の部屋に案内され、そこでゆっくりすることに。流石にすぐにはカルトも襲ってこないだろう。多分。
フェリクスはあれからいろいろとやることがあるのか、姿を見せず、屋敷の周りには国家憲兵隊の兵士たちが増えていった。
そうしている間に夕方になり──。
「イリス様。夕食の準備ができております。どうぞこちらへ」
メイドさんにそう言われて私は夕食を食べに食堂に。
食堂にはフェリクスと、それから公爵家当主のフリードリヒ閣下だ。
「おお。君がイリス嬢か。さあさあ、ここに座りたまえ」
フリードリヒ閣下は好々爺という感じのいい人そうだった。私は彼に言われてフェリクスの隣の席に座った。
「フェリクスがいつも君の話をしていたよ。学園にとても可愛らしいお嬢さんがいるとね。いつ紹介してもらえるのかとこれまで楽しみにしていたが、いやはや、今日という日が来てよかった」
フリードリヒ閣下はそう言ってワインのグラスを手に語る。
「私こそ光栄です、閣下」
「それで、君はフェリクスのことをどう思っているんだい? こうして屋敷に来てくれるぐらいだから、少なからず好んでいてくれていると思っているのだが」
「え、ええ。私もフェリクス様のことは好ましい方だと思っております」
「おお! そうか、そうか! それはよかった!」
私の言葉にフリードリヒ閣下は大喜び。
まあ、屋敷に上がり込んでいるのに招待してくれた人のことが嫌いだとか、別に好きではないですとか言えませんよね。
それにカルトたちから助けてもらったとき、ちょっとドキッてしてしまった。多分、吊り橋効果的なサムシングでしょうけど。いずれにせよ、以前ほどフェリクスが苦手というわけではなくなった。
「フェリクスが女性を連れてきたのは、君が初めてのことでね。いつもは男友達は連れてくるのだが、女性はさっぱりで。フェリクスは器量はいいし、努力家だ。きっといいパートナーになるだろう」
「そ、そうですね」
「もちろん、君自身も素晴らしい女性だ。かの名高いラウエンシュタイン侯爵家のご令嬢であり、休学しながらも勉強を続け、復学したと同時に生徒会に入ったそうではないか。そのような努力家ならばフェリクスとも馬が合うだろう」
フリードリヒ閣下には気に入られたようですが、閣下は私とフェリクスをくっつける気満々のご様子。けど、それは私が邪神様だと知られてないからですよね……。
私は人を狂わせる邪神様だし、ラウエンシュタイン侯爵家はお父様とお母様があれにあれでもうダメそうだし、きっと事件が一段落するときにはフリードリヒ閣下の気も変わっているんじゃないかな。
「フェリクスには小さいころに親元から引き離し、悪いことをしたと思っている。よければ親しくしてやってほしい。あまり感情を言葉にするのが苦手な子で、不愛想に見えるかもしれないが、心根は優しい子だ」
「はい。私も存じております」
まあ、嫌なやつでも悪いやつでもないのは確かだよね、フェリクス。
しかし、フリードリヒ閣下は子供を失ってフェリクスを養子にしたと聞いたけど、親子関係はよさそうです。
「イリス嬢。食事が終わったら話がある」
「分かりました」
そこでフェリクスがそう言い、私は頷いた。
そののち夕食の場ではフリードリヒ閣下がフェリクスの昔話──フェリクスがシュタルクブルク公爵家に来るに当たってどれだけ苦労したかなど──を披露することもあり、私たちは優雅に談笑して過ごしたのだった。
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