邪神様は関わりたくない
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──邪神様は関わりたくない
エリザベスさんたちが来たその日。
私が家に帰るとメイドさんたちがやってきた。
「お嬢様。旦那様が書斎でお待ちです」
「はい」
お父様が待っていると言われて、私は書斎に向かう。
「お父様。どうなさいましたか?」
私がトントンとドアをノックすると、ドアが急に開き、いつものように発狂したかのような顔をしたお父様がずっと顔を出す。怖い!
「ひひっひっひひ、イリス、またはイリリースよ。入りなさい……」
「は、はい」
お父様にそう言われて私は書斎に入る。
相変わらず冒涜的な魔導書やら異端の偶像などが置かれている部屋です。何かを生贄にでもしたのか、黒く乾燥した血の跡まである。怖いよ~!
「イリス、またはイリリースよ。そろそろ汝も子を作らなければなるまい。汝が我々を大いなる冒涜へと導いたときのように……いひっひひひ!」
「……………………は?」
お父様がそう言うのに私の頭が真っ白になる。
「こ、ここここここ、子供を!?」
ええー! いきなりなんでー!?
「汝と人の間にできる子供は、汝の血を有する。偉大なるものの血を有するのだ。その子供がさらに汝と交わり、汝の血はより濃くなっていく。そうすることで、我々のような無知蒙昧な獣に等しい人という種は、偉大なるものに近づくことができるのだ。そう、そなたが5000年以上前に人類を猿から進化させたときのように、汝の血が人間の惰弱な血を淘汰し、導くのだ! ふひっひひはひひひっひひ!」
わー! 子供を作るだけでも嫌なのに近親相姦までしなきゃいけないのー!
やだよ~! 絶対にやだよ~! 気持ち悪いよ~!
「既に汝に種を捧げるものたちは無数に揃っている……。いつでも汝と交わり、恐るべき冒涜的な子供をなそうではないか。汝の血はこの星を完全に覆い尽くし、汝はこの星を支配するのである。讃えよ、讃えよ、そして探求せよ! イリス、またはイリリースを! ああ、ああ!」
「そ、そんなことよりお父様! 学園にローゼンクロイツ協会という人たちが来たんですよ! 彼らは私について探っているようでして……」
話題をそらさなければ、このままだと頭のおかしいカルト教徒に集団で無理やりにゃんにゃんされかねない。そんなのはごめんだよ~。やめておくれよ~。
「ローゼンクロイツ協会? ふひひ! あの忌まわしき隠匿者たちめ。また我々から事実を隠すために羽虫のようにこそこそと動き回っているのか。愚かしいものたちだ。もはやイリス、またはイリリースは、腐肉の女王は、この星に降臨しているというのにな。愚かな、愚かな。何と愚鈍なものたちだ。ひひひっひっひひ!」
「で、でも、私の正体がばれたら不味いですし、どうにかしないといけないですよね? ですよね?」
「何を恐れる必要があるというのか。放っておけばよいのだ。汝の正体をやつらが知ったとき、やつらは正気ではいられまい。やつらは、あの愚か者たちが、汝に何をできるというのか。嘆き、恐れ、狂う以外にできることがあるというのだろうか? いいや。それ以外にできることなどあるまい。ひっひひ!」
信仰者が邪神である私のいうことをちっとも聞いてくれません。
「それより今日は星々が揃うときである。星辰が満ちるときである。まさに今日、汝は子を宿すべきなのだ。百と言わず、千と言わず、万すらも越え、この地に巣くう人間より多く、汝の子が地に満ちるまで宴を催そうぞ……。ひひっひふひひひ!」
「そ、そうですか。じゃあ、私はここでそろそろ失礼します……」
私はそそくさとお父様の書斎を出た。
不味い。不味いです。このままでは本当にイカレたカルト教徒に強制集団にゃんにゃんされかねないです。そんなのは男としても、女としてもごめんこうむりたい! 絶対にお断りです!
「に、逃げよう!」
このまま家にいたらバッドエンドへ一直線だ。ここは逃げよう!
で、でも、逃げるってどこへ? どこに逃げたらいいんです? 今の私に逃げる場所なんてあるんです?
知り合いというとフリーダの家は……いや、フリーダは学生寮暮らしだった。実家は帝都にない。帝都を出るとなると馬車がいり、馬車を使うと屋敷のカルトに行き先がばれてしまいます。
エミリアさんも同様に学生寮暮らしだ。あとは……クラウスは多分拒否される。女性関係のスキャンダルになるって言って。
ええー? あとは、あとは?
フェリクスか……。いきなり私が家に飛び込んできたら、凄く気まずいだろうということを除けば、今逃げ込める唯一の相手だ。
ええい! このまま辱められるより、気まずい方がマシでしょう! 逃げるぞ!
私はこっそり家を抜けだし、フェリクスのいるシュタルクブルク公爵家の屋敷に向かう。幸い、家の場所は知っている。フリーダが前に教えてくれたのだ。
私は歩きでとてとてと帝都にある公爵家を目指して進む。
「おや。お嬢さん、どこに行かれるので?」
と、私が暗くなり始めた帝都を進むのに、怪しい黒いスーツと黒い外套姿の男たちが姿を見せた。彼らは私の行く手を阻むように前方に広がっている。
「退いていただけますか?」
「そうはいかない。屋敷にお戻りなさい。今日はまさに星辰が揃う夜。汝が子を孕むに相応しい夜だ。さあ、子をなして我々に真なる知性を与えたまえ、イリス、またはイリリースよ。はひひひっひっひふふふ!」
不味いです! こいつらもカルトの仲間ですよ!
殺したりするのは簡単だけど、そんな容易に邪神ムーヴして殺したくはない。何故ってこんなところに死体を残したら、それこそエリザベスさんたちに見つかってしまうからです。発狂させても同様だ。
困った! と私が思ったときあるものが感じられた。
「フェリクス様に借りた魔道具……!」
まだポケットに入れていた魔道具。確か音がなるんだっけ。大きな音がしたら、カルトもびびって逃げるかもしれないから、とりあえず鳴らしてみましょう!
「えーいっ!」
私は防犯ブザーのように魔道具に着けられているチェーンを引っ張る。
次の瞬間、けたたましい警報音が響き渡り、黒服のカルトたちが僅かにたじろいだ。
しかし……。
「ふひひっひひ! 何をなさっているのです、大いなるものよ? 汝はそのようなものに頼らずともいいはずです。さあ、そんな玩具は捨てて、我々とともに来てください。ひっひっひひひ!」
全然効果はなかった。そうじゃないかなとは思っていたけれど。
やむを得ない。ここは脳をコネコネして、意識を失わせてしまおう。舐めるんじゃありませんよ、カルトたち! 私こそが邪神様だぞ!
と思って手袋を取ろうとしたときだ。馬の蹄の音が通りに響いてきた。
「イリス嬢!」
「フェリクス様!?」
黒い軍馬に跨って走ってきたのは、他でもなくフェリクスだった。フェリクスがやってきたのと同時に何名かの黒い軍服──国家憲兵隊の兵士たちも軍馬で向かってきた。
「おのれ、無知なるものどもが。思い知らせてくれる」
カルトたちは指先で五芒星を描くと、そこから炎をフェリクスたちに向ける。
「うわ──!」
「攻撃を受けた! 射撃を許可する!」
フェリクスは攻撃を躱したが、国家憲兵隊のひとりが負傷し、そこから一斉に国家憲兵隊が射撃を始めた。国家憲兵隊の騎兵が装備するカービン銃が銃声を響かせ、鉛球をカルトたちに叩き込んだ。
カルトと国家憲兵隊の戦闘は5分ほど行われ、最終的にカルト側が全滅した。
「無事か、イリス嬢?」
「え、ええ、フェリクス様。しかし、どうしてフェリクス様がここに?」
「警報の音を聞いた。すぐそこが私の暮らしている屋敷だからな」
ああ。もうそんな近くまで来ていたのですか。
「とりあえず、屋敷まで来てくれ。話はそれからだ」
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