邪神様と鉄道
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──邪神様と鉄道
いよいよ旅行当日がやってきた。
この時代では旅行は鉄道で向かうのが普通だ。馬車では遅すぎるし、車はあまり普及してないし、飛行機など存在もしていない。
というわけで待ち合わせ場所は帝都中央駅であった。
帝都は一種の計画都市で、帝都中央駅は商業区画とも行政区画とも隣接し、アクセスを容易にしている便利な駅として機能している場所です。
「イリス!」
「お待たせしました」
既に帝都中央駅の待ち合わせ場所にはフリーダたちが待っていた。フリーダとエミリアはおめかししている。男子組はさほどでもない。この時代の男性のファッションはどうにも限定的に見えてしまう。
「では、皆さん揃ったところで行きましょう」
「ええ」
フリーダの実家が経営するホテルというのは南の観光地にあり、帝都からは鉄道で2時間の距離にある。鉄道に乗る前にお昼やお菓子を買って、鉄道の旅の中でそれらを食べながら過ごすのです。
「これ、美味しそうじゃないです?」
「よさそうだね。これも買っておこう!」
男性陣が荷物持ちをしてくれている間に私たちは食料調達だ。元男性としては、男性陣の紳士的な行動に感謝するばかりです。
「お待たせしました」
「いや。気にするな」
それから私たちは男性陣に合流し、いよいよ鉄道に乗り込む。
鉄道は新幹線などは存在せず、レトロな蒸気機関車が主力だ。もうもうと蒸気を吐く機関車で旅をするのである。時代が時代なら地球温暖化を加速させていると批判されそうなぐらい煙が出る車両です。
「私、鉄道での旅は初めてです」
「そうなのですか、イリスさん。確かに機会がないと乗ることはありませんよね。ですが、きっと楽しめますよ!」
私の言葉にエミリアさんがそう言ってくれた。
「ええ。楽しみです」
こういうレトロな乗り物にみんなで乗って、お喋りしたりしながら過ごすのもいいものでしょう。楽しみ、楽しみです。
『帝都中央駅発──』
「この列車だよ。乗ろう!」
目的の列車はすぐに来て、私たちはそれに乗り込む。
列車の中は思っていたより広かった。受験のために県外に出るのに新幹線に乗ったことはあるのですが、その新幹線と同じくらいの広さ。昔の鉄道だからもっと狭いと予想していたのですが、いい意味で裏切られました。
私たちは男性陣、女性陣に分かれて席に座り、それからすぐに機関車が音を立てて進み始めました。
おお~。これが蒸気機関車の乗り心地か~。
「フリーダ。あれからアルブレヒト様とはどうです?」
「とってもいい感じ。イリスのおかげだよ。あのダブルデートのあとで、前よりも親しくなれたから。それでね。実はね。こ、今回の旅行の最後に……その……」
「告白を?」
「う、うん。大丈夫だと思う、イリス……?」
フリーダがそう不安そうに聞いてくる。
「きっと大丈夫ですよ。上手くいきます」
「そうだよね。そうだよね。うん、うん……」
今回の旅行ではついにフリーダとアルブレヒトのペアが誕生か。
「既にレオンハルト様と結ばれているエミリアさんはどう考えます?」
「わ、私ですか? 私の意見はあまり参考にならないかもしれません。私はただレオンハルト様を思っていたら、あの方から告白を受けただけですから……」
まあ、私がレオンハルトの脳をこねこねした結果である。
「そういうイリスはどうなの?」
「そうですよ。イリスさんはフェリクス様とどの程度まで進んでいるですか?」
ここでフリーダとエミリアさんの双方から挟み撃ちにされて反撃されてしまった~!
「私とフェリクス様の間にあるのは友情だけですよ。恋愛感情はありません」
「そうなの?」
「そうなのです」
フリーダが首を傾げるのに私はそう断言。
「けど、イリスは他に親しくしてる男子はいないよね?」
「ま、まあそうですが。別に学園に通っているうちから、その手のことを考えずともよいではないですか。勉学だって忙しいですし」
「今のうちに出会いを作っておかないと、他に出会いの場はないんだよ? それともイリスは親が紹介してくる人と結婚するの?」
「そ、それは……その……」
お父様が紹介してくる男性ってやっぱりカルトだろうし、異端の狂気に陥っているとみて間違いないだろう。正気だとしても期待できるのはクラウディアさんレベルの正気でしかない。あの人が正気かどうかは意見が分かれるものの。
そんなおかしな人と結婚するのはごめんこうむるのですが、かといってフェリクスを選べと言われても……。
「ク、クラウス様とも親しくさせていただいていますよ」
「クラウス様は婚約者がいるでしょ」
「そ、そうだったんですか?」
わー! 知らなかったー!
「イリスさんはフェリクス様に不満がおありなのですか?」
「私が不満というわけでは。その、私の方から何もなくても、フェリクス様が私に不満をというか。あまり気に入られてはいないと思います」
「ですが、普通は気に入らない女性の誘いに殿方は応じないものですよ」
そう言われるとそうなんですよね。
もしかして、フェリクスは私のことが好き……?
と思ってフェリクスの方を見たら手を振るでも、笑顔を浮かべるでもなく、じいいっと睨んできた。怖い。
「好まれていると断言できる自信はないです……」
へにゃっと私は座席に溶けてそう宣言した。
「フェリクス様はきっと感情表現が苦手なんだよ。公爵家の跡取りとして自分の感情を御し、他者に悟られるなって言われているだろうから」
「そうなのですか?」
「貴族ってのは大抵そんなものじゃない? 高位の貴族であればあるほど、この手の傾向は強まるものだし。それにフェリクス様が公爵家の跡取りになった経緯を考えれば、なおさらそうだと思うよ」
フリーダはそのように貴族について語った。
「しかし、レオンハルト殿下は感情表現豊富ですが」
「殿下は、その、生来の明るさというか……。と、とにかくあまり参考になさらないでください」
エミリアさんはそれでレオンハルトをフォローしたつもりなのだろうか。
「まだ学園生活は1年ありますし、ゆっくり考えておきますよ」
「あまり悠長にしているとフェリクス様は優良物件だから取られちゃうよ?」
「そのときはそのときです」
フェリクスが自分に似合った人を見つけたのならば、それはそれで結構な話です。私が身の丈も合わずにすり寄るよりいいでしょう。
「そんな話よりゲームでもしませんか? トランプを持ってきたんですよ」
「あ。いいね。まだまだ時間があるし遊ぼう!」
これ以上追及されても大変なので、私は話題をそらすためにトランプを取り出す。
私たちはわいわいとゲームを楽しみながら、鉄道で南に向かう。
* * * *
イリスたちが恋バナで盛り上がっていたときに、男性陣もトランプを片手に会話に興じていた。
「エミリア嬢は本当に素晴らしい女性なのだよ。彼女には慎みがあり、それでいて聡明である。聡明な女性を評価しない古い人間は今もいるが、私は違う。彼女は私のことを支えてくれる大切な人になるだろう!」
レオンハルトは上機嫌に恋人自慢をしていた。
「で、アルブレヒトとフェリクス副会長はどうなのだね? 浮いた話のひとつふたつあるのかね? おっと。聞くまでもなかったな。こうしてフロイラインたちを誘って、旅行に来ているのだから。はははっ!」
「そうですね。僕は最近フリーダ嬢との距離が縮まったように感じます。彼女の方からこうして積極的に誘ってくれていますから」
「おお。やはりそうか! フェリクス副会長、君はどうなのだ?」
アルブレヒトが少し照れた様子で答えるのにレオンハルトがフェリクスに尋ねる。
「いや。私はただの数合わせで呼ばれただけだ。特に何もない」
「なんと!? そうなのかね?」
「恐らくは」
フェリクスはあまり自信なさそうにそう答えていた。
「しかし、全く好意のない人間をこの手のことには誘わないだろう。本当にイリス嬢とは何もないのかね?」
「そう言われてもな」
「……女性は傷つきやすい。昔の私のように愚かな行動を起こしてはならないよ、フェリクス副会長。彼女の好意を知らぬふりをして、無下にして、傷つけるようなことをしてはならない」
「あなたのように、か」
フェリクスはレオンハルトにそう言われて後ろの座席に座るイリスを見つめた。
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