邪神様と旅行に向けて
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──邪神様と旅行に向けて
アーカム学園には修学旅行というものはない。
みんなで旅行して、いろいろと遠い土地の観光名所などを見て回って、交友を深めるというイベントはないのです。もっとも前世でも当日に体調を崩して、泣く泣く諦めたイベントですが……。
しかしながら時期は夏休みで、旅行に行くなら絶好の機会。
私は夏休みにすることなんて、宿題以外な~にもないので旅行に行きたいなと思うのである。せっかくなら友達も誘って、みんなで楽しくと。
なんてことを思いながら、夏休みに中に生徒会の仕事で学園に来たときです。
「イリス!」
「フリーダ? あなたも何か夏休み中に学園に何か?」
そう、フリーダに遭遇しました。夏休みなのに制服で学園にいるとはどういう?
「文芸部の作品作りでちょっとね。それより今週末、暇?」
「ええ。またどこかに出かけるとかですか?」
「そうそう! あたしとアルブレヒト様とエミリアさんとレオンハルト殿下、そしてイリスがいいならイリスとフェリクス様で!」
またフェリクスを呼ぶのですか。最近は悪い人ではないと思うようになったが、向こうは相変わらず私のことを睨んでくるのですが。
「どうしてもフェリクス様を呼ばないとダメですか?」
「実はね。出かける先はあたしの実家が運営しているホテルなんだ。リニューアルオープン前にお試しで泊ってみないかってお父さんに言われて。で、そこが結構フォーマルなホテルだから、パートナーがいないと入れない場所もあってね」
「なるほど。そういうことですか」
この世界ではフォーマルな場でおひとり様というのは難しい。立派な紳士淑女たるもの異性のパートナーがいて当たり前という価値観だからです。そういうぼっちには辛い世界なのです。
「分かりました。せっかく誘っていただいたのですから、今からフェリクス様を誘ってみますね。生徒会室にいらっしゃると思いますので」
「うん。返事を待ってるよ!」
この世界が面倒くさいのはスマートフォンがないことだ。連絡を取るのは数日後に届く手紙か、直接会うかぐらいしか方法がない。フリーダが学園で待っていたのもそういう理由からでしょう。
フェリクスと旅行というと心躍らないが、リニューアルオープン前のお客さんが少ない時期に高級ホテルに宿泊と言われるとわくわくする。ここはひとつ耐えて、フェリクスを誘いましょう。断られたら泣きましょう。
「フェリクス様」
「ああ、イリス嬢。夏休みなのに悪いな」
生徒会室にはフェリクスだけがいた。彼も夏休み中にやらなければならない仕事があって、生徒会室に顔を出していたのです。
「いえいえ。しかし、クラウス様は?」
「そろそろ戻ってくるはずだ」
フェリクスがそう言ったとき、クラウスが生徒会室に戻ってきた。
「来てたか、イリス嬢。すぐに終わらせてしまおう」
クラウスはそう言って必要な書類を私の席に置く。これをタイプライターで清書するのが、私の仕事である。
「フェリクス様。今週末、お時間ありますか?」
「ん? 時間ならばあるが……」
フェリクスはそう言って怪訝そうに私の顔を見てくる。
「フリーダから旅行を一緒にしないかと誘われておりまして。何でもフォーマルな場にでることになるので、パートナーとして私と来てくださるとありがたいのですが、いかがですか?」
「そうか。それならば構わない。具体的な予定を教えてくれ」
「はい。のちほどフリーダから聞いておきます」
意外にあっさりと応じてくれた。以前にもこんな感じだったし、意外と誘いやすい相手なのかもしれないと私は認識を改めた。パートナーがいなくて困ったら、フェリクスを頼ろうと。
「いいな。旅行か。俺は今年はどこにも出かけられそうにないよ」
クラウスはそう愚痴っていた。
「お忙しいのですか?」
「俺自身が忙しいのもあるが、親父も忙しくてな。いつもなら家族で旅行に行くんだが、今年はダメそうだ」
「それは大変ですね」
クラウスはため息交じりにそう言い、私も同情した。
「まあ、俺の分まで青春を楽しんできてくれ。はははっ!」
そう言ってクラウスは笑っていたが、ちょっと疲れていた様子だ。
「では、書類を提出してきますね」
私は清書を終えた書類を今日職員室に運ぶために抱えた。
* * * *
「最近、随分とイリス嬢と仲良しだな、フェリクス?」
イリスが出ていくとクラウスがからかうようにフェリクスに言う。
「悪いか?」
「悪いとは言わない。けど、あれだけ警戒していたのに面白いな、と」
「今も警戒はしている」
「へえ」
フェリクスが言いきるのにクラウスがにやにやして頬杖を付いた。
「だが、そうだな。以前ほど彼女が危険な存在だとは思っていない。それだけだ」
「そうかい。まあ、ラウエンシュタイン家ならばシュタルクブルク家とも釣り合いが取れるだろうし、俺は応援しておくよ」
「ありがとう、と言うべきか?」
「是非とも言ってほしいね。将来の俺の政治的バックになってくれる公爵閣下に貸しを作れるのは、俺のためになるからな」
「お前というやつは……」
フェリクスも何もクラウスが本心から政治的な後ろ盾が欲しくてフェリクスに親しくしているわけではないのは知っていた。ああいう言い回しが、彼なりの信愛表現なのだと長年の付き合いで知っていた。
「それで、クラウス。お前が忙しいのは、やはりカルト絡みか?」
「鋭いね。個人的に調べているだけだったが、そのことにある連中に気づかれた。お前は俺が秘密政府組織に接触を受けたといったら、驚くか? それとも馬鹿げた話だって信じないか?」
「驚いて、信じる。秘密政府組織というのは?」
「長年、このカルトを追っている連中だ。内務省とも国家憲兵隊とも繋がっているし、軍部とも繋がっている。それからアドラー探偵社とも」
「アドラー探偵社。傭兵か」
「ああ。雇用する立場として繋がっている。帝国政府が公に動けない事態に、政府とは直接関係のない傭兵たちを起用して投入しているというわけだ。まさにクリーンな秘密戦争を、と」
アドラー探偵社は警備業務も引き受ける傭兵企業だ。探偵社の名の通り調査なども行い、元国家憲兵隊の将校などが雇用されている。だが、彼らはスト潰しなどの非合法な業務も引き受けており、問題視されることもあった。
「胡散臭い連中との繋がりだが、いったいどこの誰だ?」
「魔術というものが生まれたときに、その発展を教えに沿った健全なものとする教会の組織が生まれた。それは教会から貴族に、王に、国に権力が移行するのに合わせて、組織を変革させてきた。かつては教会だったが、今は帝国に仕えている」
そのようにクラウスは語った。まるでその組織を以前から知っているかのように。
「まるで前々からその組織について知っているような口ぶりだな」
「知っているさ。前にもカルトがどうのという事件は起きていて、当時内務大臣であった親父に接触してきた人間と同じ人間だったんだからな」
「その組織の名前は?」
フェリクスがクラウスにそう尋ねる。
「ローゼンクロイツ協会。それがその秘密政府組織の名だ」
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