邪神様はお手柄
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──邪神様はお手柄
私たちは無事に学生寮の地上階に戻ってきた。
「では、あなたはフリーダを救護室へ。私はクラウス様達に報告してきます」
「分かりました」
メイドさんは相当鍛えているのか、フリーダをお姫様抱っこしたまま救護室へと急いで向かって行った。私はスプーンより重いものを持ったことはないとは言わないまでも、人間を抱えるなんてことはできそうにないです。
「さて。クラウス様のところに向かいましょう」
学生寮の地下にカルトの拠点がありましたと報告するわけだが、どういう経緯で見つけたことにしようか……。
『フリーダさんが拉致られて、探してたら見つけました!』
『なんだと! 犯人はどうしたんだ!?』
『犯人は自分の召喚した怪物に食べられました! てへぺろ!』
これはよくない。あそこにフリーダがいたことになると私が犯人を殺したようなものになってしまう。殺人の疑いをかかけられたくない。
『偶然、学生寮を散歩していたら怪しい声が聞こえて、向かって見たらカルトの拠点があったんです!』
『なんだと! どうして学生寮の生徒じゃないイリス嬢が学生寮を散歩していたんだ!?』
『不法侵入です! てへぺろ!』
これもよくない。非常時でもないのに許可なく学校の施設に侵入するのは犯罪だ。
『私の第六感があそこにカルトの拠点があると掴んだのです……!』
『なんだと! イリス嬢にそんな力が! 普通ではない!』
『邪神ですので! てへぺろ!』
なんかどんどん適当になってないです? とは言え、これもダメです。
『ネコを追いかけていたら、偶然見つけました!』
『なんだと! ネコが!?』
『ネコ、可愛いですよね!』
『ネコは可愛いな!』
うむ。これがいいんじゃないですか? ネコを追いかけたらなら不自然には思われないでしょうし。これにしましょう。決定で~す!
そして、クラウスに会いに生徒会室に向かう。
「イリス嬢? まだ学園にいたのか?」
生徒会室ではクラウスはおらずフェリクスだけがいた。
「暗くなるぞ。最近の帝都は治安が悪い。早く帰れ」
「いえ。その、クラウス様に報告すべきことがありまして」
「クラウスは学園にカルトがいないか調べている国家憲兵隊と話している。俺が代わりに聞いておこう」
フェリクスはそう言って私に報告を求めた。
「そのですね。ネコを見つけたんです」
「……それは今しなければいけない話なのか?」
「続きがあります。ネコを追いかけていたら学生寮に入ってしまいまして……」
「……随分とファンシーな行動をしているな、イリス嬢。だが、勝手に学生寮に入ってはいかんぞ。お前は学生寮の生徒じゃないだろう」
「ええ、ええ。ですが、ネコを追いかけていったら学生寮の地下にカルトの拠点を見つけたんです!」
「なんだと! 何故それを早く言わないんだ!」
いろいろと考えて説明したのに怒られた……。
「しかし、本当なのだな? お前には何もなかったのか? その、カルトたちに何もされていないのだな?」
「私は大丈夫です。案内しますので、教職員の方を呼んでくださると助かります」
「ああ。そうしよう。お手柄だぞ、イリス嬢」
フェリクスはそう私を労ってくれた。へへん。
それから私はフェリクスと教職員に学生寮の地下の存在を教え、すぐに死体が見つかったことで国家憲兵隊がやってきた。今回は死体があったので、学園は大勢の国家憲兵隊の兵隊さんたちがやってきて大騒ぎだった。
私は騒がしさに巻き込まれないうちに離脱し、救護室のフリーダのところに向かう。
「フリーダ!」
「イリス……」
フリーダはベッドの上でぼんやりしていた。
「今、目覚められたところです」
「そうですか。もうなんともないですか、フリーダ?」
メイドさんがそう教えてくれて、私はフリーダにそう尋ねる。
「ちょっと記憶が飛んでて……。図書館を出たところまでは覚えているんだけど……」
「外で倒れていたのを我が家のメイドが見つけたんですよ。何もなくてよかったです」
「そうだったんだ。ありがとうございます」
カルトの拠点に乗り込んで奪還したとは言えないので、こう濁しておく。私、何だが最近嘘ばっかりついてないです?
「まだふらつきがあるようなら横になっていてください。歩けるようになったら一緒に帰りましょうね」
「うん。もう少し横になってる」
フリーダはそう言ってベッドに横になった。
「イリスはさ」
「どうしました?」
「イリス、だよね?」
「そうですよ」
私は心配そうなフリーダにそう超美少女スマイルを浮かべていった。私の中の何かも私と同じように無邪気に笑っている。
* * * *
国家憲兵隊が安全を確認したのちにクラウスとフェリクスは学生寮に隠されていたカルトの拠点に踏み入った。
「学生寮の地下にこんな空間があったとは」
「ここも旧校舎のそれと同じくらいには古いな」
クラウスとフェリクスは国家憲兵隊の捜査官たちとともに地下空間を調べる。
狂信者たちの死体は既に運び出されており、身元確認と検死解剖が行われる予定だ。しかし、死体の損傷は激しいため、全員の身元が判明する可能性はあまり高くない。
「死体の数は?」
「今のところ人間と判別できるものは6体だけ」
大勢の狂信者たちが女性司書が召喚した怪物に食われてしまっていた。
「それだけのカルトのメンバーがここにずっと潜んでいたとは思えないし、学生寮から出入りしていたとも考え難い。どこかに学生寮以外に繋がっている出入り口があるのではないだろうか?」
フェリクスは状況を見てそう推理した。
「どこかに別の出入り口、か。探してみよう」
そこでクラウスは親のコネを利用して国家憲兵隊の現場指揮をする憲兵大尉に、部下2名と軍用犬を借りた。
それから彼らは地下空間を隅々まで見て回り、どこかに学生寮の外に繋がる通路があると睨んで捜索を行った。
「ないな……」
しかし、どこにもそれらしきものはなく、フェリクスたちがあきらめかけたときだ。
「これは?」
軍用犬が不意に吠え始めるのにフェリクスが壁を炎で照らすと、何かの鏡のようなものが壁に積まれた石材の隙間から見えることに気づいた。鏡は普通の金とは違う、白味がかった金で縁取られており、その金細工は人の指を模しているかのようで気味が悪い。
「壁を破壊しましょう」
憲兵がそう言ってハンマーを持ち出し、壁を崩していくと、その鏡がはっきりと見えた。だが、彼らは気づいた。それが鏡ではないことに。
鏡にはフェリクスたちの姿は映っておらず、どこか違う暗闇を映していたのだ。
「これは魔道具か?」
「恐らくは。証拠品となりますので押収させていただきます」
クラウスは幽霊でも見る目で自分たちを映さない鏡を見つめ、憲兵たちが鏡を割らないように慎重に持ち出していく。
「もし、あの鏡が別のカルトの拠点に繋がっているとしたら」
「学園の他の場所に似たようなものがあってもおかしくはないな」
「ぞっとする。お前は平気なのか、フェリクス?」
クラウスは青ざめた表情でフェリクスにそう尋ねる。
「恐ろしいさ。だが、カルトの陰謀は次々に曝露されている。誰かが私たちに味方してくれているかのように」
「そうだな。ここを見つけたのは、イリス嬢だと聞いた。彼女もその何かに導かれたのかね……」
「それが……」
フェリクスがクラウスの言葉に言いにくそうな顔をする。
「……ネコを追いかけていたら見つけたそうだ」
「ネコ」
フェリクスの言葉にクラウスが思わずきょとんとした。
「ははは! 国家憲兵隊でも見つけられなかったものをネコが見つけたとは! 国の犬より自由なネコだな!」
「お前、失礼だぞ!」
国家憲兵隊の兵士たちがじろりとクラウスを睨むように見るのに、フェリクスは肘で親友をどついた。
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