邪神様と魔導書
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──邪神様と魔導書
図書館で私たちは見つけ出した魔導書を調べることに。
「しかし、これは暗号だな。一種の象形文字のようだが、いかなる国の文字にも類似していない。これは暗号を解読するような手間がかかりそうだ」
「ですね。せめて類似している言語で書かれていて、既に解読されているものがあればいいのですが……」
しかし、魔導書を解読できそうな手掛かりはそう簡単には見つからない。
私が何か分かることはないかとぺらぺらとページをめくると、紙片がページに間に挟まっているのを見つけた。やはり古く、黄ばんだ紙だが、魔導書のそのものよりも新しい紙である。
「これは?」
「読める文字だ。読んでみよう」
フェリクスがそう言って紙片に書かれている文字を解読し始めた。
* * * *
*魔導書に挟まっていた紙片
帝歴1790年*月**日にこれを記す。
我々は知ることを恐れない。決して知ることを恐れない。
我々は炎を手にして、暗闇を切り開き、無知の洞窟を出た。知識こそが全ての恐怖を、不平等を、不自由を解消するための手段であると確信している。
我々を悪魔崇拝者であるとか、異端であるとか、そのように誹謗中傷するものがいることは承知の上だ。そのような浅はかな意見を述べるものは、悪魔や異端を定義するものが、既存の宗教というものが、所詮は人間が空想した非自然科学的なものであると理解すらしていない。
慈悲深い神や天使たちがこの世界の高みにいると妄想することと、この広大な宇宙に我々人類を遥かに超越した知性が存在すると述べることに、どのような違いがある?
我々はそのような知的存在と接触し、彼らを理解する。それは空想の産物である既存の神学より遥かに有意義な行為だ。
遥かなる空の彼方より、彼らをこの星に招く。
それは人類に飛躍的発展をもたらすだろう。
ああ。願わくば私もその瞬間に立ち会いたいものだ。
* * * *
紙片を訳し終えたフェリクスは深く息を吐いた。
「このメッセージを残した人間とその仲間が、あの地下神殿を作ったカルトだろう」
「そうですね。彼らは明確な異端を信仰していたようです。この紙片を記した人は、自分たちが異端と呼ばれることを嫌っていたようですが」
「どう考えてもこれは異端だし、悪魔崇拝に等しい」
内容的にはそこまで冒涜的であるわけじゃない。ただ彼らは宇宙には人類以外の知的な宇宙人がいると信じていて、彼らを地球に呼び出して、彼らから知識を与えてもらおうと考えているだけだ。
宇宙人がいると信じるだけならば害はないのだろうけど、やったことは宇宙人である私たちのような邪神に近づこうとして発狂したり、あの肉塊の化け物に成り下がったりと有害である。
「フェリクス、イリス嬢。何か分かったか?」
「イリス嬢がこの紙片を見つけた。元の持ち主であるカルトの信者が記したものだ」
「ふむ」
クラウスたちがやってきてフェリクスが翻訳した紙片を見る。
「妙なメッセージだな。これまで聞いたことのある異端の宗教とは明確に異なる」
「それなのだが、この学園にも似たような魔導書が収められているそうだ。エミリア嬢が司書から聞いた情報なのだが」
「これと似たような魔導書が?」
レオンハルトが言うのにクラウスたちが驚きを示した。
私もびっくりです。こういう魔導書って図書館にあるものだったんですか? てっきりお父様のような狂信者の書斎に隠されているものだとばかり。
「館長が秘匿しているようだ。何度も盗まれそうになったとかで」
「見せては貰えるのか?」
「私から頼んでみるつもりだ」
レオンハルトはそう請け負った。
確かに皇族である彼ならば、学園で秘匿されている魔導書も見せてもらえるかもしれない。皇族には政治的権力はないけれど、未だに国民から尊敬と信頼の念を持たれている。ここはそんなレオンハルトに任せよう。
「早速行きましょう、レオンハルト様。この魔導書を解読するヒントになるかもしれません。この魔導書が解読できれば、悪夢の原因も分かり、これ以上の被害を押さえられるかもしれません」
「そうだな、エミリア嬢。急ごう」
エミリアさんとレオンハルトはいい感じのコンビになっている。私はふたりの邪魔にならないように隅っこで大人しくしておこう。ひそひそ。
それから私がひそひそと付いていきながら、レオンハルトが図書館の館長に面会を取り付けることに。
図書館の館長室はやはり図書館の中にあり、1階の立派な作りの扉の奥がそうなっていた。フェリクスによると館長は休日以外はいつもここにいるそうだ。
「入りたまえ」
とんとんとレオンハルトがドアをノックすると、中から渋い声が聞こえた。
「失礼します」
それからレオンハルトを先頭に私たちが館長室へ。
館長室の中は本の山だった。無数の本が本棚に収められており、それが何よりも目に付く。だが、部屋そのものはさほど派手でもなく、落ち着いた雰囲気だ。小さな窓から差し込む僅かな明かりが、この部屋の主を照らしていた。
「この私に何か用かね?」
館長は老人だった。深い皺が顔に刻まれており、老化によって生じた肌の染みなどもある。その頭髪は真っ白だが、薄くはない。そんな老紳士が私たちの方にあまり友好的ではない視線をじろりと向けてきた。
この人がエーリッヒ・ツァン館長である。
「エーリッヒ館長。まずはこれを見ていただきたい」
レオンハルトはそう言って地下神殿で見つけた魔導書を見せる。
「これは……! どこでこれを? どうしてこんなものを?」
エーリッヒ館長はうろたえた様子でそう尋ねきた。
「お聞きなってはいませんか? 学園の地下に異端の神殿があったことについて。そこで見つけたものです。エーリッヒ館長はこれが何かご存じのようですが」
エーリッヒ館長の反応は、これがおぞましいものだと明確に知っている反応だった。そのことをレオンハルトが追及する。
「もちろん知っている。私は長年、本にまつわる仕事をしてきたのだから。それはおぞましいものだ。人間が記した本としてはずば抜けて。だが、君たちはそれのおぞましさを理解しているようではないな。無警戒すぎる。あまりにも」
エーリッヒ館長はそう批判するように告げた。
「エーリッヒ館長。ここにこれと同じような魔導書があると聞きました。私たちは学園の地下で何が起きていたのかを知りたいのです。それが恐らくは、ここ最近起きている事件と関係あるはずなので……」
「どこでそれを……。いや、完全に隠しておくことなどできないか……」
次にエミリアさんが言った言葉にエーリッヒ館長はため息を漏らした。
「確かにその魔導書と同種の魔導書を、この図書館は所蔵している。だが、誰にも私はそれを見せるつもりはない。あまりにも危険だからだ。あの魔導書は過去に死人を何人も出しているのだから」
「魔導書で死人とはどういうことなのですか? 魔術的な影響ですか?」
「それが分かるならば対策も立てられる。だが、分からないのだ。そもそもあんなものについて知識を深めたいとも私は思わない」
エーリッヒ館長はそう言い放ち、それ以上は口にするまいというように口を閉じた。
「どうしても見せてはいただけないのですか?」
「どうしても、だ。誰が頼んでも答えは変わらない。しかし、君たちがその魔導書を私に預けるというのならば、私はその魔導書がどういうものなのかについて、簡単に君たちに教えてもいい」
「この魔導書を渡せ、と」
「そうだ。それは管理された場所に保管されておくべきだ。あるいは今すぐにでも焼いてしまうかだな」
エミリアさんが魔導書を見て呟くのにエーリッヒ館長はそう言い放った。
「どうする、クラウス会長?」
「取引に応じよう。これをただ持っていても俺たちには何の意味もない」
レオンハルトが困り果てた様子でクラウスに尋ねると、彼はエーリッヒ館長の取引に応じようと決断したようだ。
「エーリッヒ館長にそれを」
「はい」
エミリアさんはそう言って魔導書をエーリッヒ館長の机に置いた。
「よろしい。賢明な決断だ。では、この魔導書について教えよう」
エーリッヒ館長はそう語り始める。
「この魔導書の名は腐肉の書、またはイ=スリ・リス異本と呼ばれる魔導書だ。オリジナルが作成されたのは東方の異国の地で1500年以上前とされている」
「1500年前……」
びっくりするようなタイムスケールに私たちは唖然とする。
「この本には異端の信仰について記されている。恐らくは有史以前から存在する原始宗教についての記述だ。おぞましく腐肉の女王を祭り、讃え、生贄を捧げる方法が、あまりにも詳細に記されている……」
エーリッヒ館長は続ける。
「腐肉の女王というものを、この書では地球誕生以前から存在する高度な知性と考えている。それは地球誕生後に地球を訪れ、人というよりも猿に等しかった当時の人類に、知性を与えた存在だとも考えているようだった」
「知性を与えた存在……」
「もちろんこの書を記したカルトや狂人のいうことだ。完全な事実ではない。だが、私はかつてこの書に記されていた異国の神殿の発掘に加わったことがある。その神殿は確かにこの書に記されていた通りだった。記されていた通りの蕃神の偶像があり、生贄を捧げる祭壇があり……夥しい人間の白骨死体が存在した」
エーリッヒ館長はそう言い、口を閉じ、魔導書の表面を手で撫でる。
「それ以上は知る必要はない。忘れたまえ。一夜の悪夢だったとでも思って」
それからエーリッヒ館長は私たちに退室するように促した。
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