邪神様はカルトが嫌い
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──邪神様はカルトが嫌い
フェリクスが目を覚ましたのは、彼が気絶してから1時間程度経った時だった。
「ん……。イリス嬢……?」
「ああ。よかった。目が覚めましたか」
フェリクスが頭を振って目を覚まそうとするのに、私がそう優しく声をかける。
「何があった……?」
「何もありませんでしたよ。ただネズミの群れが飛び出してきて、そのせいで私たちはびっくりしただけです。それだけですよ」
「そう、だったのか……」
私が超美少女スマイルで言うのに、フェリクスが記憶を確かめるようにそう呟いた。それから彼は再び火を召喚して周囲を見渡す。
既に肉塊の化け物の死体はなく、腐臭のする液体が僅かに淀んでいるだけだ。
「上に戻りましょう。それからここのことを教師か学園関係者に知らせませんと」
「ああ。上に戻ろう。イリス嬢、お前は怪我していないか?」
「この通り。全然大丈夫です」
私はそう言ってくるりと回って見せる。
「ならよかった」
フェリクスは本当に安堵したように息を大きく吐き、それから階段を上り始めた。私もそれに続いて階段を登っていく。
そして、旧校舎に戻り、私は新鮮な空気を深く味わった。空気がおいしい~。
「では、俺は教職員にこのことを伝える。お前は?」
「私はクラウス様に報告を」
「分かった。あとで合流しよう」
別行動はするなとクラウスには言われていたが、今は離れた方がいい。
何故ならば──。
「何故あのような愚か者を助けたのだ?」
クラウディアさんが再び姿を見せていたからだ。
「あれだけ大げさに私の意志を知りたいと言っていましたよね。理解する努力をしたらどうです? 大した理由ではありませんよ」
「ふうむ。面白いな。実に面白い」
私は怒ってます。理由は考えてください。
「女王よ。お前は存在するだけで、我々を狂気に陥らせる。それだけ冒涜的で、混沌を纏い、そして高位の存在だ。お前のなすことはいちいち興味深い。今はさしずめ人間ごっこというところか?」
「そうですよ。楽しいでしょう、人間ごっこ? 私は大好きですよ」
「ははっ。お前の正体を知ったとき、お前の本当の姿を知らぬものたちがどう狂気に陥るか、楽しみだな。それはすぐにでも見てみたい。この下らぬ箱庭が、完全な狂気と混沌、血と腐肉に包まれる様を」
「それは今すぐにではない」
私の正体を知れば、確かに大勢が驚くだろう。そもそもそれがしっかりと認識されればの話であるが。
いきなり『私、外宇宙から来た邪神なんです!』って言ったところで笑い飛ばされるだけですよ~。おお、愚か、愚か~。
「では、忠実なる探究者の義務としてお前の人間ごっこを盛り上げてやるとしよう」
「……またかつての同胞だったもの、でもけしかけるつもりですか? あまり派手に動くのはそっちにとっても打撃になるはずですよ」
クラウディアさんたちは反政府的なカルト集団だ。表に出れば公権力がそれを潰しにかかる。国家憲兵隊が、それから軍が、クラウディアさんたちを帝国から掃討しようとするだろう。
そうなることは彼女たちも望んでいないはずなのだが。
「恐れることはない、我らが女王よ。私はお前のために犠牲になることを恐れはしない。セイレムの哀れな魔女たちのように縛り首にされることを恐れなどしない。この世界が、今の秩序が、そう火と鉄の王国が我々が敵となるのは、もはや定められた運命なのだ。はははっひひっ!」
「待ってください。私が迷惑を──」
もー! 消えちゃったよー!
やだな~。またあんな肉塊の化け物をけしかけられたら、凌げる気がしないよ~。
「はあ。憂鬱です。とりあえず、クラウス様に報告を」
これから何か事件が起きるんだろうな~。私の楽しい学園生活はいずこに~?
* * * *
生徒会室に戻ってきました。
クラウスに状況を報告です。
「クラウス様。戻りました」
「おお、イリス嬢。フェリクスはどうした? 一緒じゃないのか?」
「それが重大な発見がありまして」
私は旧校舎に隠された階段と地下室があり、そこに異端の神殿があったことを、不審にならないように報告した。
もちろんクラウディアさんや肉塊の化け物について報告しません。
「学園の地下にそんな空間があったのか……」
「ええ。フェリクス様が教職員に報告されています」
「分かった。あとで俺も見ておこう。ご苦労だった、イリス嬢」
あそこにはもう化け物はいないだろう。いたとしたら、あのときクラウディアさんが一緒にけしかけているはずだし。だから、クラウスや教職員が入っても別に問題はない、はずである。
そこでトントンと生徒会室の扉が控えめにノックされた。
「どうした?」
「エミリアです、クラウス様。戻りました」
そう言って現れたのはエミリアとレオンハルトだ。ふたりは幽霊でも見たような顔をしている。凄く真っ青な顔だ。
「何があった?」
「ここは私が説明しよう。例の自殺未遂を起こした生徒の部屋を調べたのだが、壁の裏に無数の……ネズミの死体があった。それからこのような壁に刻まれた紋様をエミリア嬢が見つけた」
レオンハルトがそう言ってクラウスに示したのは、地下神殿にも遭った紋様だ。一種の象形文字のような、そんなものがノートにメモされていた。
「……誰か読めるか?」
あまり期待してなさそうにクラウスが尋ねるのに私たちは首を横に振る。
こんな意味不明な記号の羅列、邪神様でも読めません。
「参ったな。この学園には意外と闇が潜んでいるのだな」
「フェリクス様が見当たりませんが、イリスさんたちも何かを?」
「ああ。聞いてくれ。旧校舎の地下に謎の地下空間があったのをイリス嬢たちが見つけた。フェリクスはそのことを教職員に報告にいっている」
エミリアさんとレオンハルトのふたりは、クラウスが告げるのを聞いて驚きの表情を浮かべた。私も驚いたので、この驚きを共有できるのは嬉しいです。
「何ということだ。このままだと学園内にカルトが存在する、ということになってしまうのではないか?」
レオンハルトはそう彼の憂慮することを口にした。
確かにクラウディアさんだけがひとりで地下神殿を整備し、学生寮に悪戯をしているとは考えにくい。学園内に協力者がいるとした方が、想像はしやすい。
「戻った」
「フェリクス!」
と、ここでフェリクスが戻ってきた。
「地下神殿についてはどうなると?」
「すぐに教職員が調べるそうだ。必要であれば国家憲兵隊も来ると」
「そうか。お前は何ともないんだな?」
「……ああ。恐らくは……」
記憶が戻っていないのだろう。フェリクスがあいまいにそう言う。しかし、あの記憶は取り戻さない方がいいよ~。忘れていようよ~。
「他に報告は?」
「いいえ。ありません。クラウス様は?」
「こちらも大した情報はない。何でも例の悪夢は学園だけの問題ではなく、カルト教団のような組織で頻発しているそうだ。精神病院では話を聞いた医者すらも正気を失いかけているとか」
あれれ。やっぱり学園だけの問題ではないのか。
「だが、原因はこの学園にあるかもしれない。これからも調査を続けよう」
「はい」
これからも青春っぽい活動を継続です。
しかし、本当に学園内に私とクラウディアさん以外にカルトがいたらどうしよう。やだな~。そういう人は私の青春に入ってこないでほしいな~。カルトは嫌いだよ~。
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