邪神様と地下神殿
……………………
──邪神様と地下神殿
そんなわけで私たちは学園調査隊を結成。
皆を苦しめる謎の悪夢、その原因について探るぞ!
……まあ、間違いなく私のせいなんですが……。
「しかし、調査というとどのようにして?」
「学園に見慣れぬものや人物がいないか、隅々まで確認してほしい。エミリア嬢が遭遇した事件では、建物に隠された痕跡なども調べたうえで解決していた。同じように俺たちもやりたい」
私が疑問を呈するのにクラウスがそう答えて、エミリアさんを見る。
「異教の痕跡がないかを調べてください。異教と言っても私たちの知っているような宗教ではありません。全く異なるもの。異界の蕃神への狂気に満ちた信仰の痕跡です。恐らくは今回もそれが関係している」
エミリアさんはそう言って白紙にすらすらといくつかの紋様を描いた。
それはよく知る紋様であった。お父様が崇めている異端の偶像や魔導書に書かれているものだからです。
「こういう印を探してください。ただし、その意味を理解しようとしてはいけません」
大丈夫だよ~。邪神様の私でも何が書いてあるかさっぱりですから~。
「ふむ。分かった。各自ひとりで行動しないように。必ずペアで行動してくれ」
クラウスがそう指示を下し、私はペアになろうとエミリアさんの方を見た。
「エミリア嬢。君のことは命に代えてでも私が守る!」
「あ、ありがとうございます、殿下」
が、エミリアさんはレオンハルトと組んでしまった。
「あの、クラウス様──」
「俺は教師や国家憲兵隊、また事件を調べている記者を当たる。親父のコネをフルに使ってな。イリス嬢はフェリクスと組んでくれ」
あー。そうなるのですねー。
「で、では、フェリクス様。よろしくお願いします……」
「……ああ。頼むぞ」
この人とふたりきりとか、悪夢より地獄では。
何を喋っていいか分からないよ~。気まずいよ~。
「私たちは学生寮を調べてみます。イリスさんとフェリクス様はどうします?」
「我々は旧校舎を。前にマリー嬢が倒れていたのが目撃されているからな」
というわけでエミリアさんとレオンハルトは学生寮に。私とフェリクスは旧校舎に向かうことになった。
「……………………」
「……………………」
き、気まずい。凄く気まずいです。
私も陽キャというわけではないので、気軽に話題を振ってお話しできるコミュニケーション能力はないのです。しかし、このまま沈黙が続くのは恐ろしく気まずい~!
「あの、フェリクス様」
「イリス嬢」
で、お互いに口を開いたタイミングが一致。どうしてこうなるのさ~。
「お、お先にどうぞ。私のは大した話題ではありませんので」
「そうか。では、私から喋ろう」
フェリクスはそう言って喋り始めた。
「私に霊感があると言ったら、笑うか?」
「それはその霊感の具体的な内容によりますが……」
「そうだな。敵意ある邪悪なもの。それについて私は察知することができる。私にもエミリア嬢と同じような経験があるんだ」
「エミリアさんと同じ?」
エミリアさんと同じと言われても、私はエミリアさんがどういう事件に遭遇したのか、まだ把握していないのですが。
「昔から感受性が高い子供だと言われて育てられてきた。母は言っていたよ。『お前には人に見えないものが見えているようだ』と。事実、そうだった。古い教会、墓地、廃屋になった屋敷。その中で私は陰惨な事件が起きた現場だけを察知した」
「それは……悪霊の存在を察知した、ということですか?」
「霊感があると言ったのにこういうのはおかしいだろうが、人間の幽霊というものを私は一度も見たことがない。私が察知したのは、惨劇の犠牲者たちではなく、惨劇の加害者の方だ。人を狂わせる邪悪な存在」
至って真面目にフェリクスはそう語る。
「人の精神は、人が思っているよりも脆い。邪悪な存在はその精神を追い詰め、破壊し、狂わせる。精神が狂えば、いくら肉体が健全でも意味はない。そうであるが故に、そのような存在は恐ろしい」
「怖いですね」
まさに私のことじゃないです? 遠回しに私が犯人だろって言ってませんか?
「この旧校舎の建っている場所で、かつて魔女たちが悪魔崇拝を行っていたという話を聞いたことはあるか?」
「そんな過去がこの旧校舎に?」
「そうだ。悪魔も魔女も私が感じてきた邪悪な存在のうちだ。悪魔などいない、魔女などいないと思うかもしれないが、やつらは存在する。ここからはそういう気配をとても強く感じる」
「では、ここに元凶が」
フェリクスの霊感というものを聞いていて思ったのだが、凄く聖女であるエミリアさんの能力に似ているのだ。彼女も私のような異界の邪神や、クラウディアさんのような魔女の存在を察知するというものだったから。
「分からない。私の霊感は確かに邪悪なものを捉えるようなのだが、必ずしもそれが原因であると分かるわけではないからだ。だから、手掛かりを探さなければ」
「そうですね。お手伝いします」
手掛かりと言っても私にも見当がつかない。私が犯人ですけど、私は特に証拠のようなものを残してきたわけでもないですし。
「マリー嬢たちが倒れていた教室だ」
そう言ってフェリクスがドアを開ける。
「何か感じますか、フェリクス様?」
「いや。感じるが薄い。ここに何かがいたのだろうが、それは過去のことのようだ」
「そうですか」
割と正確で驚くフェリクスセンサー。これは私はピンチなのでは……? 気分は駆逐艦ががんがんアクティブソナーを鳴らしている中、海底で震える潜水艦です……。
「こっちだ」
しかし、フェリクスは私の方を向くでもなく、旧校舎を進んでいく。
「ここから何かを感じる。気を付けろ、イリス嬢」
「は、はい」
フェリクスがそう言うのは用途不明な教室のドアの前で、私はここには何かあっただろうかと内心で首を傾げながらも、フェリクスの陰に隠れた。
ガンと音を立ててフェリクスが扉を蹴り破ると、中から何かが飛び出してきた。
ネズミだ。目が溶けたようになく、化学火傷でも負ったように爛れた肌をしたネズミがわあっと数匹飛び出してきて、私たちの足元を通り過ぎていった。
「今のは……」
「これを見ろ、イリス嬢」
私が背筋をぞっとさせる中、フェリクスが部屋の中を指さす。
「何かの魔法陣と……隠し階段……?」
「ビンゴだったようだな。ここには地下に通じる階段と何かがある」
わあ。こういうのがある学園だったんだ。それも私とは一切無関係に。
「どうします、フェリクス様? 探りますか?」
「そうだな。一応調べておいて、あとで教師の誰かに報告しておこう」
「はい」
フェリクスはそう言って炎を生み出すと、それを松明代わりに封鎖されていた階段をゆっくりと降りていく。階段は螺旋階段で、石造りのそれ。埃がうっすらと被っているところを見るに、今は利用している人はいないようだ。
うっかり魔女や悪魔に遭遇、何てことにはならないだろう。知らんけど。
「し、しかし、どこまで続いているのでしょうか、この階段……」
「分からない。上で待っているか?」
「いえ。クラウス様がふたりで行動するようにと仰っていますので」
「そうだったな。すまん」
私はひとりでも殺されることはないだろうけど、フェリクスの方はそうでもないですからね。誰にも死んでほしくないので、しっかり援護しますよ。
「地下に入ったな。そろそろ階段が途切れる」
ひんやりとした空気とカビの臭い、そして汚物の臭いが地下から漂ってくる。
「ここは……」
「まさか学園の地下にこんな空間があったとはな」
フェリクスの召喚している炎でうっすらと照らされるのは、お父様たちと行った異端の礼拝堂に似たような作りの地下空間だった。
違う。あの礼拝堂よりももっと広く、例えるならば神殿だ。
地下室の左右両脇には冒涜的な石像が並び、異形の偶像が私たちを見下ろしている。そして、神殿の最奥にはお父様も崇めていた触手が絡まり合った異形の偶像だ。お父様が持っているものよりずっと大きい。
「これをどう思う、イリス嬢?」
「異端の信仰でしょうか。エミリアさんが言っていたものがまさにこれでは?」
私は薄気味悪い地下神殿の様子を見ながら、そうフェリクスに告げた。
「ああ。これは異端の信仰の証拠として間違いないだろう。問題は誰がこれを作り、これまで利用してきたかということだな」
「誰でしょうか……。学園関係者ではないと思うのですが」
私がそう答えるとフェリクスが不満気に鼻を鳴らす。
「学園関係者でもないのに、こんな遺跡を地下に残せるわけがない。もっと調査が必要だな。手伝え、イリス嬢」
「調査と言っても何を?」
「これが何のためのものだったかを示すもの、だ」
フェリクスはそう言って恐れることなく、異端の神殿を進んでいく。
「ですが、それは分かるものなのでしょうか? 私には我々の理解を越えているように見えます。不気味で、意味不明な……」
「そうだな。ここにある異端への信仰について私たちが理解することはできないだろうが、名前を知るだけのことはできるはずだ。どこかにこの異端の信仰について書かれたものがあるはず」
「魔導書、みたいなものですか?」
「ああ。前に見たことがある。こういう場所で、そういう不気味なものをな」
お父様が持っていたような魔導書だろうか? 正直、ああいうのを見つけても何と書いてあるかすらさっぱりだと思うのですが。
「待て」
突然フェリクスがそう制止し、私がびくっとして歩みを止める。
「何かがいる」
……………………
応援を、応援を何卒お願いします……。




