邪神様と事件捜査
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──邪神様と事件捜査
私は病弱ということになっているので、体育の授業は全て休んでいる。学園側もそれを了承しており、私は体育の授業のときには休んで自習などしていた。
だが、ここにきて体育絡みの大きなイベントが。
そう、体育祭である。
「今度は体育祭だ。また忙しくなるぞ」
いつものように生徒会室に行くと、クラウスがそのようなことを言っていた。
「体育祭も生徒会が仕切るのですか?」
「部分的には、な。文化祭ほどじゃないから、そこまで忙しくはならないぞ」
「了解です」
クラウスが語るのに私が頷く。
「……イリス嬢は体育は全て欠席していたが、今度の体育祭もか?」
「ええ。まだ体が完全には回復しておりませんので」
「そうか」
フェリクスはそう尋ねながら私の方をじいいっと見てくる。やっぱり怖い。
と、そこで生徒会室の扉がノックされた。
「失礼します」
「失礼するよ」
そう言って入ってきたのは……エミリアさんとレオンハルトだ。生徒会室への訪問者としては珍しい顔ぶれですね。
「どうされましたか?」
「あの、生徒会長のクラウス様に呼ばれて参ったのですが……」
「クラウス様に?」
私は怪訝そうにクラウスの方を見る。
「うむ。体育祭の準備もあるのだが、少しばかりやるべきことがある」
クラウスも、そしてフェリクスもいつになく真剣な顔をしていました。
「4月に起きた大量の休学、退学案件。教職員における同様の休職、退職案件。そして、ここ最近に続く学生寮での体調不良者の続出。そして、ついこの間のマリー嬢、クララ嬢、ミラ嬢の休学」
クラウスはそうここ最近起きた事件を語っていく。
「我々の周りで何かが起きている。ただならぬことが。俺はそれをここにいる人間たちの手で解決したいと思う」
そして、クラウスは全員の顔を見渡してそう宣言した。
「4月の事件については知っていますが、ここ最近の学生寮の事件とは……?」
「イリス嬢は学生寮には馴染みがないから知らないのも当然だ。学園側もなるべく外に漏れないようにしてるしな」
クラウスはそう言って事件について語り始めた。
「ここ最近の学生寮では、悪夢を見たという人間が多くいる。単なる悪夢と言うだけならば、ここまで大ごとにはしないの。だが、その悪夢が原因で体調を崩すまでの生徒が出ている。これは無視できないことだ」
「私も生徒たちを悩ませる悪夢については聞いている。本当に恐ろしい悪夢であることに加えて、それは夢と現実の境目すらあいまいにさせるものだと」
そう語るのはレオンハルトで、彼も真面目な顔をしていた。
「私とクラウスは4月の事件を調査した際に、休学者と退学者に一定の規則性があることを掴んでいる。それは感受性に富んでいるとされる人間であったということだ。美術や音楽、文学に哲学に優れた人間が該当していた」
「そして、ここ最近に起きた事件でも該当するのは同じような人種だった。この日記は美術部員であった人間のものだ。内容はかなりショッキングだから、覚悟をして読んでみてくれ」
フェリクスとクラウスはそう言い、一冊の日記帳を生徒会室の応接用テーブルの上に置きました。まず私がその日記帳を手に取り、読み始めた。
* * * *
*発狂した生徒の日記
*月**日。
恐ろしい悪夢を見た。いや、あれは悪夢なのか?
目覚めた今でも壁の向こうに這いまわるネズミの気配を感じる。無数のネズミが壁の向こう側で這いまわり、私たちが寝静まれば壁の向こうから現れるのだ。
ネズミの目は酸で焼けたように溶け、体毛は疥癬のようにただれている。そんな無数のネズミが、ネズミが、ネズミが、ネズミが、ネズミが、ネズミが、群れを成して蠢き、共食いをし、臓物を啜っているのだ。
ああ。ああ。恐ろしい悪夢であった。これが何を意味するのか。夢診断で心理学者はどのような心理状態にあると私を分析するだろうか?
私には分からない。
*月**日。
悪夢が続く。悪夢は次第に鮮明になっていく。
冒涜的なネズミたちは本能で動いている。何か彼らより恐ろしいものから身を守るために、己自身の目を潰し、同じようなネズミたちと群れ、恐ろしい何かをやり過ごそうとしている。
恐ろしい何かとは?
私も本能でそれを感じている。夢の中でそれを感じている。
それは近くに存在する。この星の存在ではないのは明白だが、決して遠い宇宙の向こうにいるわけではない。そう、彼の存在はこの地に降り立っている。私はそれを深く感じるのだ。
もっと悪夢が鮮明になれば、その正体について分かるだろう。ただし、それが分かったとき、きっと私は正気を保ってはいられまい。
悪夢について相談したところ、睡眠薬を処方された。
明日から服用するとしよう。
*月**日。
ああ。ああ。ああ。ああ。ああ!
恐怖の源を見た。悪夢をもたらすものを見た。それを見た。
おぞましきその存在は私たちの本当に近くにいるのだ。
それは本当に近くにいるのだ!
それはこの星の空の向こうから、宇宙の、外宇宙の遥か彼方より、異界より出でりて、この地に降りたった。無知蒙昧なる我々を嘲り、そのような我々に恐怖をもたらす。破滅をもたらす。混沌をもたらす。狂気をもたらす。
私は彼のものがもたらす影響に耐えられそうにない。
今もネズミは蠢いている。ネズミは怯えている。
* * * *
「これは……」
何かにおびえていただろう生徒の日記から私が顔を上げる。
「このあとこの生徒は睡眠薬を過剰服薬して、帝都内の病院に救急搬送された。自殺未遂だと国家憲兵隊は考えている」
「自殺未遂ですか……」
それから日記は私からレオンハルト、エミリアさんに渡されて全員がそれを読んだ。レオンハルトもそれを読むと険しい表情を浮かべ、エミリアさんも口元を押さえて恐怖の滲んだ表情を浮かべる。
「この生徒は4月の事件が起きるまでは、一切の精神疾患の兆候を見せていなかった。他にも同様の自殺未遂者がいるが、それらについても同じことが言える。彼らは狂っていたからこうなったのではない。狂わされたんだ」
「その生徒たちを狂わせた何かを突き止めたいと生徒会長は考えているのか?」
「ああ、レオンハルト殿下。突き止めなければ、いつ自分たちの親しくしている人が、同じように発狂するのか分からないからな」
「そうだな。それは確かに恐ろしい」
クラウスがの言葉にレオンハルトは心配そうにエミリアさんの方を見ていた。
「しかし、どうやって元凶を探し出すのですか? 国家憲兵隊が何かしらの捜査をしているのではないのですか?」
「国家憲兵隊はさほどこの捜査に熱心じゃない、エミリア嬢。国家憲兵隊はただの自殺未遂だとしか思っておらず、原因は交友関係のもつれだろうと断定してしまった。この日記を見せても『学生のお遊びだ』と言ってのけていた」
「つまり大人の助けはないのですね……」
「そういうことになる」
エミリアさんはクラウスの言葉に不安そうだ。
「ここにいる5人で学園に潜む異常について調べたい。協力してくれるか?」
「何故ここにいる5人なのですか?」
私が疑問に思ってそう尋ねる。
「俺とフェリクス、イリス嬢は責任ある生徒会メンバーだ。レオンハルト殿下は言うまでもなく皇族であり、エミリア嬢にはかつてこのような事件に遭遇して、それを解決した過去がある」
「エミリアさんが?」
私はびっくりしてエミリアさんの方を見る。
「……ええ。かなり昔に一度だけ、このようなおぞましい事件に遭遇しました。そのことを調べておられたのですか、クラウス様?」
「ああ。調べさせてもらった」
エミリアの過去と言うのはゲームではあまり語られなかったもので、私もよくは把握しておりません。けど、似たような事件ということは、私と同じような存在に遭遇したということなのでしょうか……?
「そういうことなので改めて協力を願う。協力してもらえるだろうか?」
そうクラウスが求める。
「ええ。やりましょう」
「私もだ」
「無論だ」
エミリアさんが真っ先に同意し、レオンハルト、フェリクスが続く。
「や、やりましょう。頑張ります」
何か青春のようでいいなと思いつつも『これ、元凶は間違いなく私なのに私はこっち側に加わっていいのですか?』と思う私であった。
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