邪神様といやがらせ
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──邪神様といやがらせ
演劇の準備は順調に進んでいると、そう思っていたのだが。
「これは……」
「酷い」
演劇で私とエミリアさんが着るはずだったドレスが滅茶苦茶にされていた。布は引き裂かれて、ペンキのようなものがぶちまけてある。
「誰がこんなことを……」
フリーダもやってきて目の前の光景に驚きと怒りを示した。
「どうしますか? もう劇まで時間がないですけど……」
「代わりの衣装を調達しないといけませんね……」
エミリアさんはうろたえており、私はどうしたものかと考え込む。
「あらまあ。これは酷い状態ですね」
くすくすと笑いながら現れたのは、他でもないマリーさんだ。
「自分たちが使う備品すらまともに管理できないなんて、あなた方こそ淑女失格ではなくて? くすくす……」
「これは誰かが……!」
「人のせいにしますの? まあ、呆れた!」
まあ、状況から見てやったのは間違いなく、マリーさんたちだろう。物的証拠がないからどうこうすることはできないですけど。
「エミリアさん。あんな人のことは放っておけばいいです。私は自宅から代わりのドレスを持ってきます。エミリアさんはどうしますか? 演劇部に行って使ってないドレスがあるか聞いてもいいですよ」
「演劇に使えそうなドレスは持ってないので、演劇部に頼んでみます」
「あとで一緒に行きましょう」
私は平静を装っているが、もちろん滅茶苦茶腹が立ってます。
私たちが気に入らないなら直接言えばいいのに、クラスでの出し物をダメにしようとしてでも嫌がらせをするなんて、見下げたやつです。
「イリス嬢、エミリア嬢。何があった?」
と、ここでフェリクスとクラウスが登場。
「いえ。ドレスがこのような状況になっているだけです」
「これは。誰の仕業だ?」
「分かりません。憶測することはできますが」
フェリクスが滅茶苦茶になったドレスを見て怒りを示すのに、私は首を横に振った。
「片付けは俺たちがしておくから。ふたりは代わりのドレスを調達するように」
「はい、クラウス様」
ペンキ塗れだから私たちが片付けるのは大変だと思ってくれたらしい。紳士だな~。
こうして悲劇のヒロインになっていまったが、元男子としてこれはちょっと情けないです。ここは一発やり返さないと気が済まない。泣き寝入りするのも、男子に庇われて、自分たちはめそめそするだけなのごめんです。
というわけで、邪神ムーヴしてしまおう。
怒った邪神様は怖いぞ~。
* * * *
マリーがカバンの中にいつの間にか見知らぬ封筒が入っていたことに気づいたのは、学園から帰宅しようとしていた放課後の時間だった。
『お前がやったことをしっているぞ。ばらされたくなければ旧校舎3階に来い』
手紙にはそう記されていた。
「ふん。馬鹿らしい。どうせあのふたりの仕業でしょう」
エミリアとイリス。気に入らないあのふたりが、この脅迫文の送り主だろうと、マリーは推察した。あのドレスの事件に対する反撃のつもりなのだろうと。
「けど、ここであのふたりをさらに懲らしめてやるのもいいかしらね」
そう言ってマリーは意地悪気に笑った。
「クララ、ミラ。こんなものが私のカバンに入っていてよ」
マリーはそう言って取り巻きのふたりに、カバンに入っていた手紙を見せる。
「どうなさるのですか、マリー様?」
「あのふたりの仕業よ。こんなものを送り付けるなんて、身の程をわきまえさせてあげませんと。よろしくて?」
「ええ。もちろんです」
マリーも取り巻きふたりもそれなりに魔術は使える。相手を、それもか弱い同年代の女子ふたりを痛めつけることぐらいならば容易だ。
もちろん最初から暴力を振るうつもりはない。あくまで口でやり込めてやることを想定していた。今度は庇ってくれる男子もいないだろうし、徹底的に罵ってやろうとマリーは考え、旧校舎に向かった。
旧校舎は不気味なほど静まり返っていた。
「少し不気味ね……」
文化祭の準備で遅くまで生徒が残っている学園の中にあって、この旧校舎だけが、不自然なまでの静寂に包まれていることにマリーたちは背筋がぞっとするものを感じた。
だが、それでも彼女たちは指定された3階の教室に向かう。
「さあ、姿を見せなさい、イリス、エミリア!」
マリーはそう言って教室に入ったが、そこには誰もいない。
「いませんね……」
「ふん。逃げたのね。情けない。帰りましょう」
取り巻きのひとりがそう言い、マリーもそう言って踵を返した。
しかし──。
「あ、あれ? あれ? ドアが開かない……!?」
恐怖はここから始まる。
「何をしているの? 遊んでないで帰りますわよ」
「本当にドアが開かないんです! どうして……!?」
取り巻きのひとりががたがたとドアを開けようとするが、外から押さえつけられてるかのように全く開かない。
「何が……!?」
そこでドアの隙間からどろりと赤黒い肉塊が漏れ出てきて、3人が悲鳴を上げてドアから飛びのき、逃げ場を求めて後ずさる。
「な、何ですの!? これはどういうことですの!?」
「誰か助けて! 誰か!」
旧校舎の3階から外に助けを求めるが、誰も3人に気づかない。
そうしている間にも、どろどろとした肉塊はドアから廊下側の窓から溢れてきて、教室を侵食していく。それはさらに触手をぬらりと生やし、その触手の先端には眼球のような器官が形成された。
「ああ、ああ! 神様、神様!」
悲鳴が上がり、神への助けを求める声が上がるが、神の助けなどどこにもない。
混沌は加速する。
肉塊から無数の触手が形成され、それがマリーと取り巻き立ちを掴んだ。
「離して! 離して! 離せ!」
マリーは自分の足を掴んだ触手に向けて、魔術で炎を放つが何の効果もなかった。触手はそのまま次々に両足を、手を、腰を、首を掴み、肉塊の中にマリーたちを引きずり込んでいった。
完全に肉塊に飲まれたマリーたちが意識を失ったとき、教室の扉が開く。そこから姿を見せたのは、いつも身に着けている黒いタイツを脱いだイリスであった。
「わあ。凄いことになってます」
一面肉塊まみれになっている教室を見て、イリスがそう呟く。
この肉塊は彼女が放った眷属だ。自らの肉体を切り離し、新たな生命として生み出したもの。イリスに仕えるものであり、イリスの血筋に連なるものである。
「もういいですよ。戻ってください」
イリスがそう言うと肉塊はぞぞぞっと蠢き、イリスの足元に集うと、そのまま彼女の下半身に消えていった。
「よし、と」
残るのは触手まみれになったのちに失禁して気絶したマリーたちだけだ。
「後は勝手に起きて帰ってくださいね。それではごきげんよう~」
イリスはそういうとひとりで旧校舎から立ち去った。
マリーたちはその後ちゃんと意識を取り戻したものの、暫くの間は冒涜的な悪夢にうなされ、数日間学園を休んだ。
その間に学園祭は行われ、イリスのクラスの演劇も無事に成功を収めたのだった。
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