不届き涙
魔力がない俺は必死に力を込める振りをする。
うおおおおおお!!
大地からは怒りが、全身には力が溢れる。
全てに目を背けるように瞼を下ろす。
弱気な俺を包むエネルギー。カッと剣を睨むと何も起きてなかった。
全ての力を吸収した結果がこれ。全ての力は嘘だが。
スカーはそもそも持てないからスタートラインにも立ててないけどな。
「重いか?」
「めちゃおもい」
カロンは平気な顔して魔力を吹き込んでる。
この差はなんなんだろう。
「手伝ってやろうか」
「頼む!」
スカーの後ろに立って、武器を持つ細い手に俺の手を重ねる。
「なあ、これってさ」
「なんだ」
『あすなろ抱きみたいじゃないか?』
馬鹿な事を言うスカーに適当な相槌を打つ。
「そんな事より、一回くらい自分で持ってみろよ」
「無理だー力がー」
「持てたら何かあげるよ」
「マジか! うおお!!」
どっしり腰を据えて、震えながら力を込める。
「んんっ!」
悲しい事に一切動くことはなかった。
可哀想に。そう思った俺はこっそり力を加えて手伝う。
スッと浮いた剣先が水平に上がる。
「やったな、魔力入れてみろよ」
「よし……」
そのままスカーは魔力を吹き込まずに武器から手を離してしまう。
俺もバレないように一緒に離すと剣は土を抉った。
「なにしてんだよ、せっかく持てたのに」
「な! 持てたろ!」
こっちを向いたスカーが嬉しそうに言う。
「え? あぁ」
スカーが俺の肩を掴んで大きく跳ねた。
そのままスカーの顔が近づき、口元にふんわりと柔らかい感触がしばらく広がる。
止まっていた時間が動き始める。
両手で浮いていたスカーが落ちるように、地に足をつけた。
「チュー、しちゃった」
「…………」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
唇を舐めてさっきの感覚を振り返る。
「く、口はダメだったか?」
「そんなんじゃない」
舌なんかよりも柔らかい存在がさっきまで触れていた。頭がそう再認識する。
ドキドキ。童貞だからか、途端に胸が鼓動で息苦しくなる。
「本当?」
「心構えができてなかっただけだ、今度からは許可取ってくれ」
『じゃあもう一回してもいい?』
「許可するわけないだろ!」
カロンみたいな事を言ってしまった。
「割とよかったって顔してるけど」
ぐっ……それはちょっと僅かばかり思った!
でも、ダメじゃないか。もう一人の自分とそんなことをするなんて。
俺にとっての禁忌が目の前を転がる。
「それは認める」
「じゃあしよう」
「ダメだ」
「お前はしたくないの? オレはめちゃくちゃしたいのに」
そう言って俺の手の甲を鼻に近づける。
「良い香り……」
「や、やめろよ」
俺は咄嗟に手を引っこんで後ずさる。
「これくらいは、いいだろ?」
何が良いんだ?
「……お前が俺じゃないような気がして怖い」
「オレも怖ぇよ! 日に日に女になってくんだぞ?」
スカーは歩み寄りながら『力もない、ゾウさんもない、ズボンもない』と言って瞳をキラつかせる。
『お前の、匂いもなくなったら、オレはオレじゃなくなる』
そう言って再び俺の手を取ると。
『硬くてゴツいオレの手……』
愛しそうな声を出して柔らかい唇を押し当てる。
その時、一滴の雫が手の甲で弾けた。
「お前を汚しちまったな……ごめん、拭くわ」
こいつは数日でこんなに悩みを溜め込んでいたのか?
「確かに汚れてる。汚ぇ奴に穢されちまった」
スカーがその手をじっと見て唇を噛む。
俺は手の甲に落ちた水滴を見せつけるように舐め取った。
『お前がどうなっても俺は受け入れる』
スカーの緩み始める頬。そんな所を走る不届き涙を指で拭う。
「チューがしたいオレを受け入れてくれないか」
「近くに人が居るからしたくない」
童貞が人前でキスなんてできるわけねえじゃん。
『……よかったのに』
スカーが残念そうに俺を睨む。
「なんか言ったか?」
「別に」
まあいいか。
俺はスカーの後ろに回って武器を持ち直した。
「やるぞ」
「あすなろ持ち?」
「うるさい」
スカーに最初は剣を持たせて、俺はその上から手を重ねる。
剣を立たせると瞬時に武器から青い光が反射する。
刀身だけ魔法の水に飲み込まれていった。
「ふう」
「すげえ」
「楽勝だよ」
驚いているとゴリ先生が手を叩いた。
「そこまで、新たに得た知識を活かしてお前達にはテストをしてもらう」
ゴリ先生が何もしなくても扉が現れる。
当たり前の情報なのか誰も驚かない。
「言われている通り、メンバーを半分に分けて集団戦だ。乱戦環境で装置に魔力を込めれるかが勝負を決めるだろう、素早く行け」
いつもより早く生徒が扉の先に消えていく。
一緒のチームになる事を祈り、俺達は三人同時に飛び込んだ。
草原だった場所は広い部屋に変わる。
辺りを見て、スカーとカロンが居ないことに気づいた。
『自分と同じ色の服は仲間です、確認してください』
響くアナウンス。俺の制服は青一色に変わっている。
『へえ、面白いチームじゃねえか』
『……』
声の方向を振り返ると、ガロードと金髪ちゃんが居た。
『それでは、転送処理を施します』
指先と足先が粒子になって宙を舞う。
『ご武運を』




