屈辱
状況を確認する。
トイレに行ってする事をしたら紙がなかった。
そもそもトイレットペーパーを刺す所がない。
最悪だ。
良い匂いがしない空間で声を出すのは億劫。
何事も犠牲が付き物。
今回の犠牲は、俺のプライド。
『スカー! スカー!』
精一杯の声を張り上げるとドタバタ走る音が聞こえ、ドアの前で止まる。
「どうした」
「紙がなくて困ってる」
「紙なんてないよ」
「えっ?」
驚愕の事実を告げられる。そんなバカな?
「じゃあどうやって拭くんだよ」
「ウォシュレットって知ってるだろ?」
左側に板がある。その上に手を置いて魔力を送るとなんやかんやでお尻が綺麗になるらしい。
魔力必須? 正気かよ。
「魔力ないんだけど」
「じゃあオレがやってもいいけど」
ぐっ……ああ、これは仕方ねえ。
手を伸ばして何とか鍵を開けてスカーを招き入れる。
入ってきたスカーが、しなくてもいいのに鍵を締め直す。
ゆっくり歩み寄るスカーの手が板に近づく。
触れる直前でピタリと止まり、俺の耳元で囁いた。
『なあ、ちゅーしよ』
えっ?
「ここトイレだぞ?」
こいつは何を言ってるんだ。
「だからだよ」
「ここはトイレだって言ってるだろ、マジで」
俺の下には口にも出したくない存在がとぐろ巻いてるんだぞ?
「じゃあオレはこのまま出てくよ」
逆再生したようにスカーが後ずさる。
「ま、まて」
出ていかれたら正直困る。
「するのか?」
「いや、キスは無理だ。こんな状況でしたくねえ」
「じゃあ触って」
俺の前で胸を張るとそんなことを言う。
「何を?」
色々考えても検討がつかない。
「胸だろうがっ」
「はあ?」
「触って謝れ!」
従うしかないのか。全てを諦めた俺は、決して小さくはない胸を手で包んだ。
「これで満足?」
『触らなくてごめんなさいって言え』
俺は今まで女の子に言われて胸を揉むってシチュエーションには憧れていたんだが。
こんな屈辱的な胸揉みがあるとは思わなかった。
「触らなくてごめんなさい」
「仕方ないな、次から気をつけろよ」
俺がどんなミスをしたっていうんだ。
スカーが板に手を置いた瞬間、お尻が洗浄されていくのを感じる。
しばらく経ってズボンを履き直した。
「あれ、流れてなくね」
「流す時はこうするんだよ」
スカーがそう言って手をかざす。
大量の水を中に注ぐと、いつの間にか諸悪の根源は消えていた。
「へえー」
「まさか、液体の方も流してねえの?」
「流せるわけねえだろ」
魔力ないんだし。
「汚ねえ奴」
汚いのはどっちだか。
トイレから出て寝室に戻る前に机のプレゼントを回収する。
「なにしてんの」
「いや、別に」
風呂場から水の音が聞こえない時点で察してたが、寝室に戻るとカロンはもう制服姿で何かしていた。
『二人で何をしてたんですか?』
聞かれたスカーの表情が固まる。
「せ、説教してたんだ! カロンの胸、揉んじゃったからな!」
ものは言い様。
「それはそれは」
特にカロンは気にしないらしい。
じゃあ俺も挽回と行きますか!
「悪い事をしたとは思ってる、罪滅ぼしって訳じゃないんだが」
カロンに歩み寄り、箱を開けて中を見せる。
「なんですか、これは」
『鉱石類が苦手って言ってたから、オーダーメイドで作った』
カロンは革袋を手のひらに乗せて、目を細める。
「縫い目が荒い部分はあなた、ですか」
「そうだ」
「礼は言いたくありませんが、貰っておきます」
そう言って首に掛け、袋のツルツルした部分を撫でる。
カロンの睨んでいた瞳が柔らかくなった気がした。
「なあ」
黙って見ていたスカーが俺の肩をツンツンしてくる。
「なんだ」
「欲しい」
「はあ? もう首に掛けてるだろ」
「首じゃなくても良いんだ」
いつもに増して物欲しそうな目で俺を見る。
『お前の手作りが欲しい……』
「作るのキツかったから嫌だわ」
「頼むー作ってくれよ」
「自分で作れ」
絡めてくる手を振り払うとそれ以上は言ってこなくなった。
「まあ、行きましょう」
不服そうなスカーをカロンが引っ張って部屋を出る。
俺も武器を付け直して後を追う。
男はまだ来てなかった。
誰かの腹が鳴り、自分が空腹だということに気づく。
「食べに行きましょうか……」
「まあ……」
俺はともかく、何も食わずに寝た二人は声に覇気がない。
学園を出て屋台を見ながら何を食べるか考える。
「オレはガッツリ食いたい、ヤケ食いだ」
「賛成です」
俺は反対なんだけど。
『おっさん! 三本!』
結局アルカデリアンになった。




