皮肉なこと
髪に手を入れて、音が出ない魔法のドライヤーで温風を吹き込む。
この辺の技術は俺より上手いかもしれない。
『体も吹かせるぞ』
「ああ、助かる」
スカーは俺を立たせて距離を取ると両手をかざした。
「踏ん張れよ」
「えっ?」
スカーが「はっ!」と言った瞬間、強烈な力に押されて体が大きく仰け反る。
何が起きた?
不思議に思っていると「風で水滴を飛ばしたんだよ」って丁寧に教えてくれた。
確かに、さっきまで濡れていた肌がサラサラしている。
魔法便利すぎ!
「へえー」
「じゃ、服着てこいよ」
そう言ってスカーは脱衣所を出ていった。
魔法、か。
使えない人間って有り得ちゃならないのか?
「くそっ」
不甲斐ない自分に不満を持ちながらも薄い服に袖を通して脱衣場を後にした。
二人の所に戻って窓を見る。
明るいこの空が、もうすぐ闇に染まるのか。
俺にはまだ分からない。
唯一分かっているのは眠いって事だ。
「眠いな」
「もうそんな時間ですね」
「そうなのか?」
「魔法は疲れますから、研修内容次第ではもう寝ます」
……よし、意地でもまだ寝ないようにしよう。
「あーだるい」
スカーが不意にそんな事を呟いた。
「そうですか?」
「行きたくて行ってるわけじゃないから」
ダルさで言ったら魔力がない俺なんて憂鬱だろうが!
「はあ? 魔力一万でかわいいとかチヤホヤ確定だろ」
「一万って本気ですか」
「どうせ控えめにしようとしたら本気でやっちゃったんだろうけどな」
どんな言い訳が待っているのかと思っていたら、答えは予想外な物で。
『いや、控えめでアレだったよ』
「わあ……」
それを聞いたカロンの口があんぐり。
「マジで?」
「まじで」
「……」
もしかして、俺の魔力を吸ったのか?
そもそも俺もそうだが、こいつの存在はイレギュラーもいいところだ。
本来有り得た事が無い事になっていても不思議ではない。
「はあ」
そう考えるとコイツがちょっと憎い。
なんで折半にしなかったんだよー!
魔力欲しかったぜ!
『悪いな、弟くん』
何を言い出したのかと思えば『お姉ちゃんと呼びなさい』と言ってきた。
「煽ってんの?」
「姉貴欲しかったろ、オレには分かる」
そりゃ俺だから分かるだろ。
「呼ぶならカロンがいい」
冗談交じりにカロンお姉ちゃんとでも言おうとしたが、俺自身を嫌いになりそうでやめた。
「ワタクシですか!?」
「スカーは怖そうじゃん」
「確かに口調がキツいと言うか……二人とも似てません?」
「「それはありえねえ」」
俺達の口が揃ってしまう。
隠そうとして隠しきれてない典型。
「そういうとこです!」
「ぐっ……」
どうしようもない、俺なんだし。
「……」
…………。
眠くて言い訳が浮かばない。
「さっさと寝て、早めに屋台行くか」
眠気に逆らえない俺は話を切って誤魔化す事にした。
「それもいいな」
「賛成です!」
寝室は風呂場のドアを過ぎた先にある。
確認に来た段階でサーチしていたんだが、厄介な問題があったんだよな。
「……気のせいじゃないですね」
ドアを開けたカロンが肩を落とす。
「やっぱ二つか」
そう、ベッドが二つしかないのである。
寝室はこの部屋しかない、ベッドの数は変わりようがないという事。
リビングルームは広いのにどうなってるんだ。
増やせば別だが、今日だけは誰かが犠牲になる必要がある。
申し訳程度に片方だけダブルなのがいやらしい。
「よし、魔力で決定しようぜ。オレは一万」
「四千です」
「あー……0だよチクショウ」
「決まりだな」スカーはそう吐き捨てると大きなベッドに腰を下ろした。
「待て待て、和平的な解決をしないか?」
「和平? そんなの要らん。魔力こそ全て」
屈しないスカーにベッドのサイズを告げ、耳打ちで「合法的に女の子と寝ることができるぞ」と言ってみた。
『そういう欲はもうない』
マジで言ってんの?
『ワタクシは一緒に寝てみたいです!』
しかし、カロンという助け船が!
「寝たいってさ」
「これで全員ベッドで済むなら構いませんし、楽しみです」
それを聞いたスカーが「カロンちゃんが言うなら……」と折れてくれた。
あー良かった、硬い床で一夜を過ごすなんて考えたくもねえからな。
俺は推定シングル、カロンとスカーはダブルで話は終わった。
薄い布団を被って、目を閉じる。
『では、また明日』
カロンがそう言い、指を鳴らす。
その瞬間、まだ明るい窓から光が消えた。
うっすら目を開けてみるとさっきまでなかった黒いカーテンが窓を隠していた。




