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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
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渇望する力の権化



 シグナムは振り向くことができない。

 いったい今、アルフラはどのような顔をしているのか。

 なにを思い、魔剣の刃をおさない子供へと向けるのか。


「ね、ねえ、アルフラぁ……」


 狼少女の声が聞こえた。


「やめてよ、かわいそうだよ……」


 いまにも泣き出してしまいそうなルゥの懇願(こんがん)に、しかし(いら)えはない。無言の足音だけが近づいてくる。


「アルフラちゃん……頼む……」


 かすれた声を絞り出したシグナムであったが、そこから先の言葉はつづかなかった。金で雇われ、戦場で人を殺す自分が、それを口にすることのおこがましさをよくよく理解していたゆえに。――傭兵という職業柄、シグナムとて年端もいかない少年兵を殺したことがあったのだ。

 魔剣を手にしたアルフラは歩調を落とすことなくシグナムの脇を通りすぎる。

 いまのアルフラにとって百や二百の魂魄(こんぱく)を取り込んだところで、みずからの力が増しているのかは自覚できない。まるで無益な殺生のようにも思えるが、食欲旺盛なアルフラが食卓の前で飽食(ほうしょく)を覚えるということはなかった。


「お前が父ちゃんを殺したのか!?」


 アルフラと同じくらいの背丈の男の子が叫んだ。少年特有のソプラノボイスは震えており、胸元が血塗れなのは父親の遺骸にすがりついたためであろうか。手には遺品とおぼしき鋼の手甲を握りしめている。

 答えることなく少年に目標を定めたアルフラが――ふと立ち止まった。

 リィィ――ン、リィィ――ンと魔剣から高い金属音が響いたのだ。


(あるふらちゃん、あるふらちゃん)


 魔剣プロセルピナがその呼びかたをしたのは初めてだった。おそらくアルフラの気を()くため、シグナムの真似をしたのだろう。

 プロセルピナは歌うような旋律を(かな)でる。


(たたかう力がない人を斬るのは、いや。せんしのすることじゃない)


 驚愕の表情で魔剣を見つめる少年を前に、アルフラはすこし考えるような仕草を見せた。戦いの道具である魔剣を、アルフラはある意味自分の一部のように感じていた。天界で(たが)いの意思と記憶を共有したこともあり、白蓮を取り戻すという目的に不都合がない限り、プロセルピナの望みを尊重してもよいと思っている。

 かすかに首をかしげ、アルフラは魔剣の刀身から腰の短刀へと視線を移す。しかしそれを使うのならば、プロセルピナを通して魂魄を吸収できないため、直接子供たちの血を(すす)る必要がある。嗜好(しこう)的な理由であまり人間の血液を口にしたくないアルフラは、すこし困ったような顔で少年のほうへ目を向けた。

 はっと我に返った少年が、あわただしく鋼の手甲に腕を通す。彼にはいささか大きすぎる手甲を構えてアルフラへ憎悪の視線を注ぐ。他の子供たちもその少年に(なら)い、父親の亡骸(なきがら)から手甲を抜き取り、泣き腫らした目でアルフラを睨んだ。


「父ちゃんのかたきを、とってやる――」


「――馬鹿ッ、やめろ! お前らの親が百人がかりでも(かな)わなかった相手だぞ! ――殺されるだけだ!!」


 少年の言葉にシグナムの制止の声が(かぶ)さった。されど憎悪と復讐の念に()られた子供たちには届かない。そして少年は無謀を誇りに思うような年頃でもあった。――しかし相手が悪い。それは死に直結する愚行に他ならない。

 拳を構えた少年が、それなりに修練を積んだとおぼしき踏み込みを見せた。だがそれよりも早く、死の風と()した細身の体が(ひるが)える。鋭い魔剣の刃が少年の腕ごと顔の左半分を()ぎ落とした。そのまま止まることなくアルフラは駆け抜ける。子供たちの未成熟な柔肉を撫で斬り、おさない命が次々と血煙に沈む。


 狂人というものは実に合理的だ。

 人倫を知らず、しがらみに捕らわれず、そのため行動に一切の躊躇(ためら)いがない。

 一片の(あわ)れみも慈悲も持たず、無駄なく子供たちを殺していく。

 そして最後に一人残ったのは、父親の首を抱いて(うずくま)る女の子だった。

 親を殺され、泣き濡れる少女を映した鳶色(とびいろ)の瞳からは、一切の感情が欠落していた。無機質なその横顔を見たシグナムは、大型の肉食昆虫を連想した。

 虫なみの情緒と感性で手当たり次第に補食を繰り返すアルフラ。それが――あらゆる妥協(だきょう)排斥(はいせき)し、ひたすらに求め、渇望しつづけた結果にたどり着いた偽神(ぎしん)の境地であった。


「な、なんで……」


 血の気の失せた白い唇が恨み(ごと)(つむ)ぐ。


「なんであんたみたいな人がいるの……。人殺し……人殺し――!!」


 少女は叫びながら父親の頭部をぎゅっと抱きすくめる。強く圧迫されたことにより、血管内に滞留(たいりゅう)した血が首の切断面からばちゃばちゃと(こぼ)れ出た。(したた)り落ちる父親の血を膝で受けながら、少女は鬼気迫る怒りと憎しみの表情でアルフラを()めつける。


「返して! お父さんを返して! あああぁぁ――――お父さん! お父さん!! うああぁあぁぁああ―――――――!!」


 滂沱(ぼうだ)と涙を(あふ)れさせながら少女は呪詛(ずそ)言霊(ことだま)を吐き出す。


「許さない……絶対にあんたを許さない!! 闘神へリオンの名に(ちか)って、ずっと、ずっと……いつまでもあんたのことを――」



 ――無造作にアルフラの腕が振られる。

 非道の刃が細い喉首を掻き斬り、少女の誓いは永遠となった。





 恨みを呑んだ魂魄を吸収したアルフラは、普段と変わらぬすまし顔で魔剣を鞘に収める。子供たちが戦意を見せて以降はプロセルピナも静かになっていた。

 靴が汚れるのを嫌い、アルフラは血溜まりを避けて馬車へと向かう。すでに狼少女はジャンヌに連れられて、子供たちが虐殺される前に車内に引きこもっていた。

 街道に散らばる無数のちいさな死骸を前に、シグナムは蒼白な顔で立ち尽くす。大量の血のなかにごろりと転がる子供たちの肉塊。それはまるで盛大に失敗した煮込み料理のようだった。常人ならば直視することも難しい凄惨な地獄絵図から、シグナムはむしろ視線が外せなくなっていた。そこへフレインの声がかかる。


「早く出発しましょう。そろそろ日も傾き始めました。地図で確認したのですが、すこし急がないと日没までにエンラムへ着けなくなってしまいそうです」


 振り向いたシグナムは、信じられないものを見る目でフレインを凝視した。


「お前は……」


 子供たちが殺されるのを(なが)めながら、地図を片手に午後の行程を考えていたのか?

 わずか数ヶ月前には、ロマリアの駐屯地で兵士の死体を見て悲鳴をあげていた青年魔導士が、いまでは無力な子供の断末魔を前に、日が暮れる前に目的地に着けるかを心配していたのだ。

 そういったシグナムの思考は如実(にょじつ)に顔に表れており、フレインはすこし言い訳がましく弁明を始めた。


「いえ、私もおさない子供たちの死はとても(あわ)れに思います。ですが今は時間を無駄に出来ません。もし馬に乗った者などがここを通れば、今日中にもエンラムに知らせが届くはずです。遅くとも明日には検問が強化されるでしょう。ですので私達は一刻も早くエンラムの街門をくぐる必要があります」


 フレインの言い分はいちいちもっともだ。()()()()()()()()


「なあ、お前……」


 すこし疲れたような声音(こわね)でシグナムは言った。まったくどいつもこいつも、といった表情で。



「自分じゃ気づいてないみたいだけどさ……フレイン、お前も最近だいぶおかしいぞ」

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