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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
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霧の中の悪魔 預言の勇者(後)



 竜の勇者とロマリアの巫女姫が魔族領に入り、およそ二ヶ月ほどの時が過ぎていた。

 当初は魔族との戦闘を避けるため、なるべく大きな街道を離れて海岸沿いを東へと向かっていたのだが、食料事情が長くはそれを許さず、人里を探す方向で旅はつづけられた。時期的に木の実や野草などの採取でしのげはしたが、毎日安定して必要な量を入手することは難しかったのだ。二人はそれぞれ馬に騎乗して移動をしていたため、それらが必要とする飼葉(かいば)も自生した野草だけでは足りなくなっていた。


 敷石の状態が悪く、曲がりくねった街道を進むこと数日、やがてちいさな集落に行き当たったのだが、物陰から警戒しながら様子をうかがった結果、そこはコボルトの暮らす里であることがわかった。

 できれば食料と水を手にいれたいアベルとフィオナは、しかし人間に敵対的なコボルト族からそれらを得ることは難しいと考え、その集落を迂回しようとした。だがコボルトはえてして鼻が利く種族であり、二人のもくろみはあっさりと(つい)えてしまう。

 雑木林の細い小道に入った途端、コボルトの狩人とばったり出くわしてしまったのだ。

 むだな殺生を嫌うアベルは、威嚇して戦いを避けようとしたが、そもそもその必要はなかった。コボルトの狩人は、強い魔力を帯びた宝具を所持した二人を、魔族なのだと勘違いしていたのである。しかも竜神の魂魄(こんぱく)を宿したアベルに至っては、どこの貴族さまですか、と尋ねられる始末だった。


 コボルトはオークよりも知能が高く、当然のように共通語を(かい)する。人よりも犬科の獣に声帯の構造が近い関係上、発音には問題があれど、意思の疎通にそれほど困ることはない。

 対価は支払うので食料を分けてほしいという交渉を持ちかけると、コボルトの狩人は二つ返事で首を縦に振った。それどころか貴族さまからお代は頂けませんと言われた挙げ句、祝宴を開くので集落まで来てほしいと言われる歓迎ぶりである。これは丁重に断りつつも、二人は魔族の領域における地理や情勢についての質問を投げかけた。しかしコボルトの狩人は集落の近隣から離れたことがなく、得られた情報は非常にすくない。

 (いわく)――おいら、となりの集落よりもとおいところに行ったことねぇだ、といった具合だ。

 かろうじてわかったことといえば、大きな街にしか人や魔族は住んでおらず、まずは都市を探さないと地図などといった旅の必需品も手に入らなそうだということだった。


 コボルトが狩りで仕留めた野鳥や水袋を譲り受けたのち、アベルとフィオナはさらに東へと馬を駆けさせた。その途上でいくつかの集落を経由し、二人は現在、魔王魅月と魔王波路(はろ)が治める地のちょうど国境(くにざかい)を移動していることを知ることができた。しかしいまだコボルト以外の亜人と出会うことはなく、とりあえずの目的地とする都市に行き着くまでに、十日ほどの時が(よう)された。

 ようやく見つけた都市の街門を遠目に見やり、魔族らしき門兵を確認した二人は、その場で馬を止めて頭を悩ませた。魔族社会の慣習がわからず、その門をくぐるためにはどういった手続きが必要なのか、その知識がなかったのである。ただ、これまでに出会ったコボルトの反応から考えるに、いきなり戦いとなることはないだろう。そう結論を出し、二人はおっかなびっくり街門へと向かった。

 ここでもアベルとフィオナの心配は杞憂(きゆう)となり、魔族の門兵はいたって丁重な対応に終始した。やはりアベルが力のある魔族と勘違いされたのだ。金属の武具をつけていることをやや不審に思われはしたものの、門兵たちは、それも貴人(きじん)酔狂(すいきょう)であろうと納得したようであった。


 都市に入った二人はまずはじめに旅籠を探し、数日の間は魔族領の情報を集めることに腐心(ふしん)した。

 懸念のひとつであった金銭の問題も、大陸で流通する共通貨が問題なく使えるとわかった。

 街にはコボルトの姿はほとんど見られず、逆にこれまでまったく目にしなかった魔族や人間、さらにロマリアでは非常にめずらしいドワーフなどといった種族が混在して暮らしていた。驚くべき光景ではあったが、方々(ほうぼう)で話を聞くうちに、魔族の領域ではそれが普通なのだと二人は知ることとなる。大通りなどを行き()う人種は雑多であるのものの、その(いとな)みは人の領域で見られるそれと、なんら差異がなかった。そして真に驚くべきは、やはり魔族の存在であった。彼らはあまり食料を必要としない特性上、農業に従事する者がいない。領主である貴族たちも、穀物類を税として徴収することがなく、人間の社会と比べるとおそろしく租税が安いのだ。

 通常ならば人であれ獣であれ、あらゆる生物は食を得るために一日の大半を(つい)やす必要がある。しかし魔族に限っては、食べるために働くという概念自体が存在しないのだ。多くは兵として軍事に(たずさ)わり、なかには趣味で(あきな)いや職人の真似事をしている者もいる。アベルとフィオナが大通りで見かけた露店商の男などは、見事な染め物を扱っており、その腕前は、趣味の範疇(はんちゅう)をゆうに越えた名人の域に達しているように思えた。

 寿命の長い魔族がなにかに没頭すると、人間など及びもつかない技術を獲得するというよい例であろう。すなわち食を必要としないということは、高い生産性に直結するのだ。

 二人は――とくに王族であるフィオナは考えてしまう。もし、魔族と他種族が共存するこの営みが大陸全土に広まれば、それはどれほど革新的なことか。おそらく人間は、これまでにない繁栄と豊かな未来を手にすることができるだろう。しかし人間と魔族、両者の力関係を考慮すれば、共存ではなく支配という形式以外には有り得ない。

 そして竜の勇者はこう考える。もしも魔皇を倒すことさえ叶えば、人間と魔族は対等な立場で、真の共存を成し遂げられるのではないだろうか。



 ――それはあまりに(はかな)く、現実離れした夢想だった。





 そうして思いのほか平穏な時をすごせたのは、街に到着して四日目までであった。

 その日は朝から雑貨などを扱う商店を巡り、二人は昼を過ぎたあたりで目当ての品を探し当てた。――魔族の領域南部の地図である。なかなか高価なそれを購入したまではよかったのだが、問題は店を出たあとに起こった。


「かなり強い魔族が三人、こっちに向かってくる。もしかするとこの街の領主かもしれない」


 アベルが低くそうつぶやいた。

 すぐにどこかへ身を隠すことを提案したフィオナであったが、あきらかに三人の魔族はアベルたちを認識して近づいて来ていた。


「下手にこの場から離れようとしたら不審に思われるよ。まだ相手の意図もわからないし、すこし様子を見たほうがいい」


 この都市は、魔王波路(はろ)の弟である公爵位の魔族が治める地だった。その血筋は伝説的な魔王、悪路(あくろ)()とする古い家系である。

 魔王悪路は大災厄期にその名を(とどろ)かせた魔族であり、傭兵の守護神エスタークの右腕を奪ったことでも有名であった。また、武神ダレスと互角に戦ったという逸話(いつわ)を持ち、ときに吟遊詩人の歌のなかで、災厄の主その人と並び称されるほどの卓越した力を有していた。アベルとフィオナも街での情報収集の過程でそれを耳にしている。

 なるべく平静をよそおいつつ、宿へ向かおうとした二人は、背後から居丈高な声音で呼び止められた。


「そこのお前たち、こちらを向け」


 命令することに慣れた、支配者の声だった。

 言われた通りに向き直った二人の前では、非常に長身の魔族が厳しい視線を向けていた。まだ年は若く、外見だけでいえばアベルより幾つか歳上に見える程度である。彼の取り巻きであろう二人の魔族が口を開く。


「王弟殿下、奏洪(そうこう)様の御前(ごぜん)ぞ」


「まずは膝を折り、(おもて)を伏せよ」


 ここで逆らう意味もなく、無言で膝をついた二人に、尊大な言葉が投げられる。


「顔は上げたままで構わん。私の問いに答えよ」


 公爵位の魔族、奏洪は二人を見下ろし(げん)を重ねる。


「お前らはいったい何者だ」


 神話のなかでたびたび語られる魔王の末裔を前に、フィオナの表情には緊張の色があらわとなっていた。奏洪の興味はアベルへと向けられているらしく、その目は値踏みするかのように細められている。


「妙な気配をしているな。人でも魔族でもない……まさか神族ということもあるまいが……」


 彼の想像はあながち的外れとも言い(がた)い。竜の英霊をその身に宿したいまのアベルは、半神と形容できる存在なのだから。


「どうした、早く答えよ!」


 取り巻きの一人が強い語調でアベルを叱責した。


「……僕たちはただの旅人です。たまたまこの街に立ち寄っただけなので、数日後には――」


「あからさまに怪しいな」


 アベルの口上を(さえぎ)り、奏洪は取り巻きたちに命じる。


「捕縛せよ。のちほど時間をかけて取り調べを行う」


 その言葉に従い、取り巻きたちが足を踏み出したのと、立ち上がったアベルが宝剣の柄に手を掛けたのはほぼ同時だった。


「抵抗するつもりか?」


 半笑いで言った取り巻きがアベルへと腕を伸ばした瞬間、皇竜の宝剣が引き抜かれた。


「――退()がれッ!」


 奏洪の鋭い声が響き渡った。彼は取り巻きたちとは違い、アベルの危険度を正しく認識したのだ。その身の内に高まる魔力を察知し、竜の勇者はフィオナの前に立ちはだかり、背負った大盾を左手に構える。間髪置かずに凄まじい衝撃が襲いかかった。

 轟音と爆風があたりを支配し、大量の土埃(つちぼこり)が天へと舞い上る。

 アベルは迷わずフィオナの腰を掴んで横抱きにした。そのまま振り返ることなく遁走に移る。


「ア、アベル!?」


「ひとまず逃げよう。まさか街中であんな大魔法を使ってくるとは思わなかった。さすがにここで戦うのはまずい」


「ええ、取り巻きの魔族もすごく強そうだったし」


「たぶんあの二人も貴族だよ。王族に(つか)える爵位持ちの陪臣(ばいしん)だと思う」


 爵位の魔族が三人も、とつぶやいたフィオナにアベルは告げる。


「さっきの爆発で向こうはこっちを見失ってる。僕たちがあれで死んだと思ってくれればいいけど……」


「あの男、そんなまぬけには見えなかったわ。悪路王の(すえ)だけあって、抜け目がなさそうだった」


 不安げに抱きついてきたフィオナに笑いかけ、アベルは速力をあげて通りを駆け抜ける。


「平気だよ。とりあえず今のうちに旅籠へ戻って馬をとってこよう。急いでこの街をでたほうがいい」



 巫女姫のこわがる振りを見抜けないアベルは、力強くフィオナの体を抱きしめた。






「ねぇ、アベル」


 ロマリアの巫女姫フィオナは、幼なじみである竜の勇者、アベルに問いかける。


「だいぶ追っ手を引き離せたみたいだけど、これからどうするの?」


 険しい岩肌の断崖から眼下を眺めつつ、アベルは応える。


崖下(がけした)隘路(あいろ)で迎え撃とうかと思う。フィオナはすこし離れたところで隠れててくれるかな?」


 付近一帯は草木もまばらな渓谷地帯である。道幅も非常に狭く、単身で多勢を迎撃するにはうってつけの地形といえた。


「でも、相手は爵位の魔族が三人……しかもそのうちの一人は魔王悪路の末裔よ。このまま身を隠してやり過ごした方がいいんじゃ――」


 アベルは優しげにほほ笑んでフィオナの言葉をさえぎる。


「心配ないよ。いまの僕には魔族の力が手に取るようにわかる。苦戦するような相手じゃない」


 それよりも、とつぶやいたアベルの手が伸ばされ、巫女姫の頭をなでる。


「フィオナが戦いに巻き込まれて怪我をしないか、それだけが心配なんだ」


 みずからの髪を()くようになでるアベルの手にすこし顔を赤らめ、フィオナちいさくため息を落とした。

 そう、竜神スフェル・トルグスの魂魄(こんぱく)を余さずその身に取り込んだアベルにとって、爵位の魔族はすでに恐れるべき敵ではないのだ。――足手まといとなるフィオナの存在さえなければ。

 アベルたちがこの渓谷に逃げ込んだのも、フィオナを戦いに捲き込むことなく追っ手を迎え撃つため、それを可能とする地形を探してのことだった。

 みずからがアベルの負担となっている事実は、フィオナにとっても耐えがたい負担であった。それを理解しているらしく、アベルもことさら柔らかい声音で告げる。


「僕はフィオナがいてくれるから、一人で戦えるんだよ。どんな大怪我をしても、すぐに治してもらえるしね」


 冗談めかして笑顔を向けてくる竜の勇者に、フィオナもついつい頬がゆるんでしまう。

 アベルの腰に腕を回し、その胸に頬を寄せる。しかしごつごつとした鎧の感触を不満に感じた巫女姫は、すこしだけ背伸びして、幼馴染みの首に鼻先をうずめた。その姿勢で大きく深呼吸をすると、長旅のせいでやや埃っぽくはあるが、アベルの体臭で肺腑(はいふ)の奥が満たされる。

 うっとりとフィオナが呼吸を繰り返していると、かすかに身じろぎしたアベルが遠慮がちに体を押し離そうとする。


「フィオナ……は、はずかしいよ……」


 肩に手が置かれ、やんわりと距離を取ろうとするアベル。しかしそうはさせじとフィオナは腰に回した腕に力をいれる。


「ちょっと不安になっちゃっただけだから。もうすこしだけこうしていて」


「え……うん。でも本当に心配はないよ」


 それは確かにそうなのだろうとフィオナは思う。アベルは魔皇戦禍に戦いを挑むという預言を受けている。これまでに一度も外れたことはないと言われる竜神のそれを信じるのであれば、ここで竜の勇者に“もしも”は起こり得ない。

 だが何事にも絶対ということは有り得ないのだ。げんに魔皇との戦いの結果は竜神スフェル・トルグスも見通すことができないと言っていた。先見(さきみ)の力が必ずしも絶対ではないという証左(しょうさ)である。

 そんなことを考えているうちに、フィオナの思考は竜神に告げられた少女のことへと移っていた。その少女がアベルの運命なのだという言葉を思い返すたびに、なぜか巫女姫はカモロアの街で出逢った(あけ)の少女が脳裏に浮かびあがった。そして怖気(おぞけ)(もよお)す暗い眼差(まなざ)しに身震いする。

 いまではフィオナも、アベルの運命なのだと預言をなされたのは、きっとあの少女だと確信していた。

 恐れを上回る嫉妬心が沸きあがり、思わずアベルの腰に回された腕に力がはいる。フィオナの発する剣呑な雰囲気に反応して、幼馴染みの肩がびくりと震えた。

 問いかけるように名を呼ばれた巫女姫は、平静をよそおいつつアベルの首に鼻先を押しつける。


「ううん、なんでもないわ。だいじょうぶよ」


 大きく息を吸い込み、アベルの匂いで心を落ち着かせたフィオナは、みずからにこう言い聞かせた。


――そう、だいじょうぶ。竜神さまは私もアベルの運命なのだと言っていたわ


 そこであることに気づいた巫女姫は、はっと息をのんだ。


「運命の女が二人もいるってどういうことよ! おかしいでしょ!!」


「ええっ!? なんで僕怒られてるの!?」


 ぎりぎりと腰を絞りあげるフィオナの腕に、竜の勇者が悲鳴をもらす。

 すぐに我へと返った巫女姫であったが、おのれの所有権を主張するために、ことさら不機嫌そうな声を作ってこう言った。


「アベルだって竜神さまの預言は聞いていたでしょ。旅の終わりに運命の少女と出逢うって」


「う、うん」


「でも竜神さまは私のこともアベルの運命だとおっしゃられたわ」


「そうだね……」


 フィオナの言いたいことが理解できたらしく、竜の勇者は消え入るような声でうなずいた。


「運命の女が二人もいるって、それはとても不実なことだと思わない?」


「で、でも……僕が好きなのはフィオナだけだよ」


 望み通りの答えを想い人の口から引き出した巫女姫は、自然とゆるみそうになる唇を引き結んでアベルを見上げる。


「じゃあキスをしてくれたら信じてあげます」


 若干の緊張からすこし口調がおかしくなっているフィオナだが、アベルのほうもそれに気づく余裕はないようだ。だれも居るはずがないのに人目を気にしてきょろきょろ視線を泳がせている。――しかしフィオナが目を閉じて(おとがい)をあげると、意を決したのか顔を赤らめながらも巫女姫の背に腕が回される。


「愛してるよ、フィオナ」


 ささやきとともに、羽毛のように(かろ)やかな口づけが巫女姫の左頬に降りてきた。

 普段であれば、なぜ口ではなく頬なのかと問い詰める案件ではあったが、その直前に告げられた言葉によりフィオナも硬直してしまっている。押しは強いが受け手に回ると途端に脆くなる巫女姫だった。


「え、あの……わた、私も……あいしてる……よ?」


 取り乱し気味のフィオナを見て、アベルがちいさく笑い声をあげた。


「顔が真っ赤になってる」


「ア、アベルのほうが赤いわ!」


 重ねて何事かを言おうとした時、フィオナの細腰に置かれたアベルの手に力がはいった。


「ひゃん!? なな、なに??」


 体をわななかせて嬌声(きょうせい)じみた悲鳴をもらした巫女姫は、アベルの表情を見てその視線をたどる。

 遠く見渡した地平の先に、舞い上がるかすかな砂塵が視認(しにん)できた。


「まだ距離はあるけど……かなり足が速い。たぶん半刻もしないでここまで来る」


 フィオナに向き直った竜の勇者は、余裕のうかがえる落ち着いた声で告げる。


「あっちに見える大きな岩の影に隠れてて。すぐに終わらせてくるから」


 三人の貴族を相手取るというのに事もなげに言ってのけたアベルへ、巫女姫は左の腕を差し出す。そしてその腕を鎧う白銀の籠手(こて)を外した。


「これを持っていって。いまのアベルなら快癒の魔法も使えると思うの」


 癒しの力を宿した白竜の宝具。それは回復魔法の最上位である快癒(キュア・クリティカル・ウーンズ)のみならず、驚異的な自己治癒力を装備者に付与してくれる。


「ありがとう」


 白竜の籠手を受け取ったアベルは、それに腕を通そうとしたところで動きをとめた。


「どうしたの……?」


 怪訝(けげん)そうに尋ねたフィオナに、軽く目を見開いたアベルが言った。


「僕、わかっちゃったかもしれない」


「え、なにが?」


 やや興奮気味に竜の勇者はまくしたてる。


「竜神さまが言ってた“真の勇者は一人立つとき最も強し”って言葉の意味だよ! きっとそうだ……あれはこういうことだったんだ!」


「アベル? ええと、私にもわかるように話して」


「あ、ごめん。あのね、竜神さまの助言はみんなの想いをひとつにして戦えってことだったんだ」


「う、うん?」


 要領を得ない、といった顔をした巫女姫に アベルは笑いかける。


「メイガスの遺品を――虹竜(こうりゅう)の宝珠を貸して」


 意図がよく解らぬながらも、フィオナは言われるがまま、背嚢(はいのう)から(くだん)の宝珠を取りだした。それを受け取ったアベルは大きくうなずく。


「これで竜神さまの宝具が全部揃った」


 かつては仲間たち五人がそれぞれを所持していた竜の至宝。

 子爵位の魔族、切令(きれい)に殺された女剣士フローラの遺品、黄竜の鎧。

 魔王雷鴉から命を()してアベルを守ったダルカンの遺品、黒竜の大盾。

 不可思議にも氷漬けの死体となり発見されたメイガスの遺品、虹竜の宝珠。

 これらの品々にはロマリアの安寧(あんねい)を願い、(こころざし)なかばに散っていった仲間たちの遺志が宿っている。

 竜鱗(りゅうりん)の鎧を(まと)い、背には漆黒の大盾。アベルは白竜の籠手を左腕に装着し、腰に()いた宝剣を抜き放つ。


「見て、フィオナ。フローラとダルカン、そしてメイガスの想いがひとつになった。僕は一人だけど一人じゃないんだ。みんなの力が合わさって、僕はいま、ここに立っている」


 全身を竜の宝具で鎧ったその姿は、神話に語られるいかなる英雄よりもなお、力に(まさ)り勇壮であった。


「真の勇者は一人立つとき最も強し。竜神さまが言いたかったのは、こういうことだったんだよ」


 アベルは宝剣の刀身に虹竜の宝珠を触れさせる。フィオナは宝珠へと集まる力の流れを感じることができた。刮目(かつもく)し成り行きを見守るその目の前で、宝珠から輝きが失われ、急速に色褪せはじめる。――比例して、宝剣の刃からは赫熱(かくねつ)(きら)めきが立ち(のぼ)っていた。

 あらゆる魔力を()き尽くす魔導師メイガスの秘術。


「これなら、どんな障壁だって焼き斬れる」



 いまこの瞬間――竜の勇者は魔王を倒す(すべ)を手にしたのだ。

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