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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
209/251

出立の朝



 アルフラたちがアウレリアの寝室を出たのは、半時ほどが過ぎた頃だった。

 それまで扉の外に控えていた使用人にジャンヌが声をかける。


「アウレリアさまが食事をお持ちするよう伝えてくれとおっしゃっていましたわ」


 それを聞いて、静かに(たたず)んでいた使用人が大きく眉を跳ねさせた。


「アウレリア様が、食事をなさると……?」


「ええ、生まれてくる子供のためにも栄養を摂らなければと申されておりました」


 目を見開いたまま動きを止めた使用人は、驚愕()めやらぬ様子で尋ねる。


「あ、あの……奥様が、子供のために食事をなさるとおっしゃられたのですか?」


「ええ、そうですわ」


 アウレリアはつい先日、腹の子を流すために氷の張った湖に入水した。そのことは使用人も知っている。まさかアウレリアの口から、そんな言葉が出てくるとは思えなかったのだろう。


「アウレリアさまはだいぶ衰弱なされているご様子でしたので、なにか消化によさそうなものが良いでしょう」


「か、かしこまりました」


「――あ、ちょっと待って」


 慌てた様子で厨房へ向かおうとした使用人をアルフラが呼び止めた。


「エレナって女の部屋に案内して」


「エレナ様、ですか……」


 ロマリアの王族に対してひどくぞんざいな物言いをするアルフラに、使用人は心持ち顔をしかめた。しかしそれについては言及することなく、事務的な返答をする。


「エレナ様は女王陛下の召集を受け、トラスニアへと向かわれました。もうひと月ほども前のことです」


「そう……」


 すこし残念そうに視線を落としたアルフラを見て、シグナムはなにやら背筋にひやりとするものを感じた。

 かつて瀕死のアルフラがこの邸宅でエレナと会ったとき、彼女は無神経にも、惚れた男から贈られた首飾りの由来などを、死にかけのアルフラに語って聞かせたのだ。もちろんエレナに悪気があったわけではない。そのおっとりした性格と身分の高さも相まって、彼女は周囲へ気を遣うことに慣れていなかったのである。

 はたしてアルフラは、なんのためにエレナと会いたがっているのか。その表情から殺意めいたものは読み取れないが、いまのアルフラはごくごく自然に人を(あや)めようとするので油断がならない。シグナムは心底、エレナがこの邸宅に居なくてよかったと安堵した。

 つまらなそうな顔をしたアルフラは、ふと思い出したといった様子で使用人に尋ねる。


「ねぇ、あの子の部屋はどこ?」


「は……ああ、お連れの娘さんですね?」


 使用人は近くで掃除用具を運んでいた女中を呼び、アルフラたちを客間まで案内するよう伝える。そして深くお辞儀をして去っていった。


「あたしはフレインの様子を見てくるよ。アルセイドと何を話してるのか気になるしね」


 シグナムがそう言うと、アルフラはかすかにうなずき、女中のあとにつづいて屋敷の奥へと歩いていった。その背を見送り、シグナムは本日何度目かもわからないため息を落とす。アルフラはクリオフィス近郊の村で拾った少女を、最低限死なせないよう気にかけていた。おそらく今も、少女の容態を見に行ったのだろう。

 つい先ほど、これから生まれてくる赤子を喰らおうという算段をしていたアルフラが、どういった心境であの少女を救おうとしているのかシグナムには理解できない。移動中の馬車でも、昏々(こんこん)と眠りつづける少女を眺める目には、好意らしきものなど見あたらなかったように思える。

 かいがいしく少女の面倒を見ていたのはジャンヌだが、その傷を癒すためにアルフラは頻繁に血を与えていた。みずからの血を軟膏感覚で傷口に塗るのもどうかと思うシグナムであったが、それで驚くほど少女の怪我が治ってゆくのだから口を挟むこともしなかった。


「……まさか元気になるのを待って、丸々と太らせてから食っちまおうってオチじゃないだろうな」


 冗談めかしてつぶやいたシグナムだったが、アルフラに関する限り、絶対にないとは言い切れないところがおそろしい。



「いやいや……まさかな」





 薄暗い執務室にシグナムが入ると、木机(つくえ)を差し挟んでアルセイドと向かい合ったフレインの背中が見えた。深刻そうに話し込んでいた二人は、シグナムが入室した気配に気づいてそちらへと視線を向ける。


「アウレリア様の様子はいかがでしたか?」


 フレインの問いに対してシグナムは盛大に顔をしかめた。そして事のあらましを二人に話して聞かせる。ジャンヌの快癒でアウレリアの容態が目に見えて好転したことを告げると、アルセイドは大きく息を吐いて肩から力を抜いた。しかしその後の生け贄云々(うんぬん)(くだり)にさしかかると、彼は表情を強張(こわば)らせ、見ていて気の毒になるほど顔色を青ざめさせる。


「あの、それは……アルフラ様は本気で言っておられるのでしょうか?」


「あたしは最近、アルフラちゃんが冗談を言ってるのを聞いたことがないね」


 アルセイドはなにかを言いかけて口を開いたが、言葉が出てこず何度もまばたきを繰り返す。


「しかし考えようによっては、アルセイド様にとってむしろ好都合なのでは?」


「こ、好都合?」


 どこか冷たく、陰鬱(いんうつ)な口調でフレインは答える。


「先代のエルテフォンヌ伯爵夫人が、魔族の子を孕んだというのはとんでもない醜聞でしょう。ですが堕胎出来ないのであれば、産む以外ありません。しかしそれが知れ渡れば、民衆は徒党を組んで赤子を吊るし上げようとしかねません」


「それは、たしかに……」 


 エルテフォンヌ伯爵領では咬焼(こうしょう)の襲来により、数万にも及ぶ臣民が虐殺されている。魔族に対する領民の恨みは深く、フレインの示唆したような事柄がかなりの確率で起こるであろうとアルセイドは推測した。


「その子を放置しておけば貴方(あなた)やアウレリア様にも(るい)が及ぶでしょう。ですが人目につかぬよう幽閉するにしろ、もしくは遠方に隠れ住まわすにしろ、根本的な解決とはなりません。ならばいっそ、アルフラさんに任せてしまえば……すくなくともアルセイド様の手は汚れずにすみます」


「フレイン、お前……」


 それが最善の道であるかのような言い方が気に入らなかったのか、シグナムは不快げな眼差しをフレインへ向ける。彼はシグナムの知るかぎり、こと戦いや(はかりごと)には不向きな心根の持ち主であった。人命を尊重し、敵にすら情けをかけるような男だ。そういった甘さが窮地を招いたこともある。だが、先の冷徹な物言いはどうだろう。ここ最近、フレインの様子がいくぶん変わってきたことには気づいていたが、ここまで顕著にそれが表れたのは初めてだった。


「お気に(さわ)ったのならすみません。あくまでそういった見方もある、というだけの話ですよ」


「……」


 とくに意見を対立させるつもりもないらしく、フレインは柔和に微笑んで見せた。以前と変わらぬ優しげなその面立(おもだ)ちに、シグナムは言いようのない違和感を覚えた。しかし話を掘り下げる気にもなれず、木机に広げられた羊皮紙へと視線を移す。そこにはアルセイドの性格を(うかが)わせる整然とした文字列がならんでおり、下方には彼の署名が(したた)められていた。


「……それは?」


「南方の海洋都市国家、エンラムを拠点としているホルムワンド商会への紹介状です」


 アルセイドは言いながら、書状を折り畳んで蜜蝋をたらし、エルテフォンヌの家紋が刻まれた判印で封を施す。


「紹介状? なんだってそんなもんを……」


 これには封書を受け取って懐にしまいこんだフレインが答えた。


「ホルムワンドは主に、海運で財を成した商会です。魔族の領域南部に位置する都市とも交易があるらしいので、アルセイド様に頼んで紹介状を書いていただきました。なんの(つて)もなく行き当たりばったりで船を探すのは骨でしょうからね」


「ああ、貿易船で魔族の領域に行くのか。渡りに船ってわけだな」


「あまり知られてはいませんが、海洋都市国家はかなり以前から魔族領との航路を結んでいるのですよ。私たちエルテフォンヌも、ホルムワンド商会を通じて小麦などを(あきな)っています」


「へぇ、でも魔族ってのはあんまり食い物を必要としないんだろ?」


「ええ、ですが魔族の領域には少数ながら人間も住んでいると聞いています。それに小麦を使った焼き菓子などは、嗜好品として魔族にも人気があるようですね」


「ルゥが喜びそうだな。ま、なんにしても楽しい船旅になりそうだ」


 冗談めかしたシグナムの言葉を聞いて、アルセイドはすこし困った顔をする。


「ホルムワンドはエンラム王から私掠船免状(しりゃくせんめんじょう)を受けている商会なので、あまり優雅な旅は期待しない方がよろしいかと」


「私掠船免状って……海賊かよ!?」


「はい、ホルムワンド商会はもともと、都市国家近海を荒らしていた海賊たちの末裔で、エンラムに帰属してからも敵対する周辺国の商船を襲っていたそうです。そうやって商売(がたき)を蹴落として、都市国家有数の商会にのしあがったと聞き及んでいます」


「おいおい、もうちょっとまともな奴を紹介してくれよ」


 アルセイドは申し訳なさそうな笑みを浮かべる。


「あいにくですが、ほかに付き合いのある商会もありませんし……すくなくとも海賊に襲われる心配だけはないという考え方も……」


「そのホルムなんとかって奴らに襲われる心配があるだろ」


「私からの紹介状があれば、それは取り越し苦労かと思いますよ。彼らも商売人なので、エルテフォンヌとの関係を(こじ)らせればどれだけの損失を生じさせるかはよくよく理解しているはずです。――ただ、ホルムワンド商会は人身売買も手掛けているという噂があります。万一の事がないよう、ジャンヌ姫の身辺にはくれぐれも気を配られてください」


「ルゥさんも心配ですね。あまり一人にはしないほうが……」


「いや、一番危ないのはフレインだろ」


「え、私ですか?」


「当然だろ。ルゥやジャンヌなら海賊くらい返り討ちにするさ。でもお前はあっさりさらわれちまいそうだしな」


「いえ、私は男ですし、さらう意味など……」


 シグナムはフレインの顔をのぞき込み、底意地悪くにやりと笑う。


「お前みたいに女面(おんなづら)した奴は、売春宿に売り飛ばされて客を取らされるんだ。知らないのか? 男娼ってやつだよ」



 なにが楽しいのか、声を上げて大笑いするシグナムに、フレインはとても嫌そうな顔をする。その表情がツボにはまったらしく、なかなか笑いの発作がおさまることはなかった。





 ひとしきり笑ったあと、シグナムはルゥの様子を見に広間へ向かう。そこでは狼少女がこさえたらしい(から)の食器を片付ける使用人の姿があった。食事をおえたルゥは散歩に出かけたと聞いて、シグナムは中庭に出てみる。すると寒空の下を元気にかけまわる狼少女がすぐに見つかった。


「なにやってんだ、ルゥ」


 シグナムのもとへ寄って来た狼少女は、息を弾ませながら(こずえ)にとまった黒い鳥を指さす。


「カラスおっかけてあそんでたっ!」


「そっか……ルゥはいい子だな」


「うん!」


 機嫌よくうなずいたルゥの頭を乱暴に撫でて、シグナムは口許をほころばせる。


「アルフラちゃんは明日にでも出発するつもりだろうから、夕食は腹いっぱい食っとけよ」


「えー、あしたなの? ボクもっとここにいたいなぁ」


 さきほど振る舞われた料理がよほど美味しかったらしく、狼少女は心底残念そうだ。しかし梢のカラスが地面に降り立ったのを見て、ルゥの関心はにわかにそちらへと移った。

 腰を(かが)めてこっそりカラスに忍びよる狼少女を、シグナムはほのぼのとした目で眺める。

 仲間内で唯一、出会ったころと変わらないルゥの無邪気さに、シグナムのささくれ立った心はこれ以上もなく癒されていた。



 この日の夕刻。狼少女は羽振りのよいカラスを三羽も厨房に持ち込み、料理人たちをおおいに困らせた。





 一夜明け、アルセイドと同席して軽い朝食をとっていたシグナムたちに、使用人の一人が朗報をもたらした。


「お客さま方のお連れになられた少女が、目を覚まされました」


 この(しら)せを聞いて真っ先に席を立ったのはルゥだった。


「ねぇ、はやく見にゆこうよ」


 思いのほか強い力で手を引かれたジャンヌは苦笑しつつも、アルフラがすっと立ち上がるのを見てそれに追従する。


「その少女の様子は?」


 アルセイドの問いに使用人は顔を曇らせた。


「目を覚まされた当初はひどく混乱されていましたが、いまではだいぶ落ち着いています。しかし何を聞いても泣くばかりで……」


「無理もないでしょう。あの少女が倒れていた(かたわ)らには、母親とおぼしき女性の遺体もありましたし……よほど怖い思いをしたのでしょうね」


 フレインの言葉に無言でうなずいたアルセイドの肩を、シグナムがひとつ叩く。


「まぁ、そういう可哀想な生い立ちなんだ。あんたのところでしっかり面倒見てやってくれよ。たぶん農民の娘なんだろうけどさ、小間使いくらいはできるだろ」


「はぁ……」


 身寄りのない少女の世話を押しつけられたアルセイドは、ため息にも似た返事をして客室へと向かう。対照的に浮かれた足取りでジャンヌの手を引く狼少女は、途中から駈け足ぎみでその部屋へ飛び込んだ。そして寝台の上で唖然とした顔をしている少女を興味津々に見つめる。

 勢いよく開かれた扉の音におどろいたらしいその少女は、雪のような肌と髪色のルゥを見て、さらに驚愕を深めたようだ。ロマリア人は黒髪、褐色の肌をした者が多いため、狼少女の容姿は物珍しさが際立っている。おそらく異国の人間を見るのは初めてなのだろう。ぞろぞろと姿を現したレギウス人たちに泣き濡れた顔を向け、目と口をまるくしたまま硬直してしまっていた。しかし不意に肌寒さでも覚えたかのように、ぶるりと身を震わせる。――アルフラと視線が交わったのだ。



 瞬間、周囲を取りまくその他一切を失念し、少女は鳶色の瞳に魅入られてしまう。





 ネリーは一目見て、アルフラが人ではないことに理解が及んだ。同族を見分ける生物的な本能が働いたのかもしれない。その外見はいくらか歳上の少女のようにも見えるが、なにもかもが常人とはかけ離れていた。

 ほっそりとした輪郭に愛らしい顔立ち、しかし表情は薄く、冷ややかで清廉な透明感が神々しさを感じさせた。

 天上の神々が下界を見下ろすかのように、ネリーを見下ろすその姿にひとつの情景が思い出される。コボルトの襲撃を受けて致命傷を負ったとき、薄れゆく意識の狭間で見た光景が現状と重なりあった。


「女神、さま……?」


 無意識の内に発せられたネリーの言葉を聞いて、ジャンヌは満面の笑みを浮かべる。

 このときアルフラは、かつて雪原の古城で初めて白蓮と出会った頃を思い返していた。その追憶のままに問いかける。


「あなたの名前は?」


「エレオノーラ……エレオノーラ・アースです。みんなはネリーって、愛称でよびます」


 これにはフレインがかるく驚いた様子を見せたが、アルフラは構わずに質問をつづける。


「歳はいくつ?」


「十歳です」


 ネリーの返事を聞いて、なぜかルゥがしょんぼりとした顔をする。


「からだの具合はどう? 痛いとこはない?」


「あ……へいきです。どこも痛くありません」


 寝台に腰かけたネリーは、みずからの体をぺたぺたと触り、にっこり微笑んだ。


「女神さまが、あたしを治してくれたんですか?」


「アルフラよ」


「……え?」


「あたしの名前」


 一瞬なにを言われたのか分からず、ぼんやりとした顔をしたネリーであったが、すぐに考えが追いつき、うっとりとつぶやく。


「アルフラ、さま……」


 女神にふさわしい綺麗な響きだとおもった。

 竜の英霊を神と(あが)めるロマリア人にとって、その主である古代人種の宿る魔剣を持つアルフラは、正しい意味で神と言えるのかもしれない。

 ネリーは頬を上気させ、憧れに潤んだ瞳でアルフラを見上げる。もしもそれが天にまします神性であったなら、ネリーはただ空を仰いで祈るだけであったろう。しかしすぐ目の前に、人の姿を身にまとった女神が立っているのだ。ならば果たして、人が神を愛さぬことなどできるのだろうか。

 恋慕にも似た感情を芽生えさせたネリーは、つぎのアルフラの行動に愕然とする。彼女の女神さまは、くるりと背を向けて扉へと歩きだしたのだ。


「あ……ま、待ってください。あの、お礼……助けてくれた、お礼を……」


「べつに、必要ない」


 振り向きもせずに答えたアルフラへ、シグナムが驚いた顔をする。


「えっ、アルフラちゃん、もういいのか?」


 命を助けた少女に対して、当然アルフラはなんらかの執着を持っているとシグナムは考えていたのだ。が――


「うん」


 みじかく返事をしてアルフラは部屋から出ていく。

 ネリーが命をとりとめ、目を覚ました時点で目的は達せられている。あとはエルテフォンヌ城へ向い、口無の居場所を聞き出すだけだ。

 部屋に取り残された一同は、見るからに消沈した様子のネリーを前に、気まずい思いをしていた。


「あたし、アルフラさまになにか失礼をしたんでしょうか……」


 誰にともなくつぶやかれたネリーの言葉に、神官娘はやわらかな表情で首を振った。


「神の御心など常人には計りようもありません。ただ、わたしたちは旅の途中にありますので、あなたが今日、目を覚まさなければアルフラさまに会うことすら出来なかったはずです。その幸運を素直に喜ぶとよろしいでしょう」


「旅……?」


 顔をうつむかせてすこし考えたネリーは、すがるような目でジャンヌを見る。


「あの、あたしもついて行っていいですか?」


「それは無理です。アルフラさまの目的は魔族の討伐なのですから。戦うことの出来ない無力な子供に同行を許しても、いたずらに命を失うことになりますわ」


 目尻に涙を浮かべたネリーを見て、ジャンヌはその手を優しく握る。


「すべての戦いが終わったのちには、必ず迎えにうかがいます。あなたはその身にアルフラさまの血を宿した御子なのですから」


 ゆくゆくはアルフレディア神殿の建立(こんりゅう)を計画しているジャンヌは、きっとネリーは各地に信仰を広める一助になるであろうと考えていた。


「それはそうと……」


 なにやら浮かない表情のルゥがジャンヌの目を()いた。


「あなたは何故そんなにがっかりした顔をしているのですか?」


 ネリーが目を覚ましたと聞いた時の嬉しげな様子とは大違いだ。


「……あのね、ボク、その子がおなじくらいの歳だとおもってたの」


「そうですね。わたしにも同じくらいの年頃に見えますわ」


「でもぜんぜん歳上だった」


「え……ぜんぜん?」


 ジャンヌがかるく表情を引き攣らせる。


「そういえば……ルゥは今いくつなのですか?」


「ななつだよ?」


「――え!?」


 その場に居合わせた者の声がきれいに重なった。

 まじまじと向けられたいくつもの視線に、ルゥは不思議そうにする。


「獣人族の子供は早熟だという話を聞いたことがあります」


 フレインが感心したようにうなずいて言った。


「獣人族は人間よりもいくぶん寿命が短いのですが、そのぶん成長も早いというのは本当だったのですね」


「うん、群れの子供たちのなかじゃ、ボクが一番おねーさんだったんだよ」


 すこし自慢気なルゥを見つめるジャンヌは、わなわなと肩を震わせていた。



 毎晩のように襲撃を受け、昨夜は七歳児に遅れをとってしまったことがショックだったようだ。

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― 新着の感想 ―
七つ…七つかぁ…今までアホの娘だと思っててごめんなさい。 七歳なら違和感ないや行動だわ…
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