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卵でもあればよかったのだが、いかんせん冷蔵庫の中は空っぽなのだ。
唯一あるのは、辛子やわさびとかの調味料である。素ラーメンを啜りながら、浩がいつまでも帰ってこない事に苛立ちを覚え始めていた。
それにしても、猫の鳴き声がミャーと言って止まらず、まるで自分の事を呼んでいるように感じて、ラーメンを食べ終えてから、再び外に出た。
さっき置いた缶詰めは、綺麗に空っぽになっていた。
「なんだ、やっぱりお腹が空いてたんじゃない」さっきの白と黒の模様の猫に向かって言った。 その猫はミャーと鳴きながら、私の方に近づいて来て、足元にすり寄って体をなすりつけ始めた。
「ありがとうって言っているの?人懐こいんだね」そう言って頭を撫でようとしたら、その猫はミャーと言いながら私の身体から離れ、そして家の横の細い路地へと入って行った。
「ごめん、怖がらしてしまったね」
猫は細い道の入口の所で、ミャーと鳴き始めた。その鳴き声はどんどんと激しくなっていき、心配になった私はその猫の後をついて行く事にした。
「どうしたの?そんなに鳴いて、何かあるの?」そんな風に猫に話しかけても、猫はミャーと鳴くばかりである。
家の横の細い路地の前まで来て、先に掛けていく猫の姿を目で追った。
「浩!」路地に入って数メートルの所で浩が仰向けになって倒れていた。驚いて浩の所まで駆け寄り、心臓あたりから血を流している浩を胸の中で抱きしめた。
「浩、なんで!何でこんな事に?」
涙がどんどんと溢れて来てくる。どうしてもっと早く気づいてあげらることができなかったのだろうか。
きっと猫は私にこの事を知らせたくて、ずっと泣いていたと言うのに、自分は一人ラーメンを啜って浩の事を思って怒ったりして。
もう少し早く見つけてあげることが出来ていたら、助かったかもしれないと言うのに……。
なんで、なんでこんな事に。
頭の中に佳代子さんの顔が思い浮かぶ。来たんだ。殺人鬼である佳代子さんがここにもやって来たんだ。
そうだ、浩はさっき、誰かと何かの話をしていた。あれはその相手こそが佳代子さんだったのだろうか?
佳代子さんはなんで浩の事まで殺した……?そう考えた時に背中がゾクゾクと凍りついた。
自分はこの場所にいて大丈夫なのだろうか?
いや、きっとここにいては自分だって殺される。
急に怖ろしくなり、浩をその場に寝かせるとすぐに、走った。どこに行っていいのかも分からず、道なりにただ、ただ走った。




