第90章―15
話中で、今上(後水尾天皇)陛下と千江皇后陛下との間の皇女の文子内親王殿下が、美子中宮陛下を義母上と呼んでいますが、間違ってはいません。
この世界では、皇后と中宮は全くの同格で、皇子女にしてみれば、皇后も中宮も(義)母上になるのです。
この辺りは、史実の旧皇室典範や旧民法に基づくもので、正妻以外の愛人等から産まれた子にとって、母親は正妻になり、実母は赤の他人と言っても過言ではない扱いを受けたことからです。
実際に大正天皇陛下の実母になる柳原愛子様は、明治天皇陛下の崩御前後の際、昭憲皇太后陛下の特別なご配慮から御別れ等ができたのであり、大正天皇陛下は柳原愛子様を実母としては決して扱わなかったとか。
ネット検索のみでの情報収集で誤っているかもしれませんが、そういった背景からの描写です。
自らの異父弟妹が産まれて、人類初の月面到達が成し遂げられてから五日後に、上里松一は実の同父母兄妹になる鷹司教平、近衛智子、鷹司輝子の3人と連れ立って、実母の美子中宮陛下の御見舞いと異父弟妹になる皇太子殿下らに初めて逢いに産院に赴いていた。
無事に帝王切開で出産を終えられたとはいえ、流石に母体への負担が大きく、又、宮中に戻ると色々と中宮として美子が動き回りかねないので、今上(後水尾天皇)陛下の勅命(?)で美子は産院に未だに入院していたのだ。
「よく来たわね」
「母上も御元気そうで」
長子として教平が、母の言葉に答え、松一を含む他の3人も肯いた。
「弟妹には逢った」
「まずは母に逢ってから、と想いました」
「そう、可愛い弟妹ばかりだから。早く逢ってきなさい。それから、ずっと大事にしてね」
「はい」
母の更なる言葉に、今度は松一が答え、他の3人も肯いた。
そして、少し母子で話し合った後、母と共に兄妹は皇太子殿下らの下に向かったところ、
「あら、文子」
美子が先に気づいて、声を上げた。
「義母上」
御付きの人と共にガラス越しに熱心に異母弟妹を見ていた文子内親王殿下も、美子の声に気づいて、こちらに顔を向けて声を上げ、更に義兄姉が揃っていることに少なからず驚いて目を丸くする。
「弟妹と早く逢いたい、と言われまして」
「そうだったのですか」
御付きの人と美子が話し合っている傍で、5人の兄姉は、新しく増えた5人の弟妹を一緒にガラス越しに眺め出した。
「どちらに似るかな」
「まだ産まれたばかりだから、分からないわよ」
そんなことを教平と智子が話す一方で。
「五つ子かあ。(松一)義兄さん、私、義兄さんの子を六人は産みたい」
「気が早過ぎるよ」
文子内親王殿下が松一に言って。
松一は松一で、余りにもませた義妹の言葉に、背中に滝のような汗が流れるのを覚えた。
「あらあら」
美子は、それだけしか言わずに、目の前にいる10人の子どもを眺めながら考えた。
先日、九条幸家夫妻から言われた。
自分達の長女を教平と結婚させたいとのことだ。
北米本願寺の教如の後継者との縁談を進めていたのだが、日本の本願寺が止めて欲しいと暗に言ってきて、更に北米共和国内の宗教、宗派対立に巻き込まれるのを徐々に懸念もして、鷹司家から結婚の申し入れがあったことにして、穏やかに断りたいということらしい。
確かに、そうすれば北米本願寺の面子も潰れないし、無難な落としどころになるだろうが。
本当に自分と信尚の子全員の縁談が、夫が薨去してから2年も経たない内に、事実上はまとまるとは想わなかったな。
今度の今上陛下との間に産んだ五つ子も、同じように20歳になる前に縁談が調ってしまうのだろうか。
そして、配偶者との間に子どもを作って、命を紡いでいくのだろうか。
美子は、自らの血筋等を想わず考えた。
私の父方祖父達が「皇軍来訪」でこの世界に来た時に、80年余り後にはこんな世界になると誰が考えただろうか。
いや20年余り前でさえ、私が亡くなる前の祖父に、将来の私は入内して中宮に成り、皇太子殿下の生母になると言ったら、祖父は冗談を言うな、と私を叱っただろう。
本当に20年余り前と比べても、自分の周囲に加えて、世界が大きく変わっているものだ。
今の私は30歳過ぎ、これからどれだけ生きて、自分の周囲や世界がどれだけ変わっていくのか、できる限りは見聞きして長生きしたいが、自分が人生の最期を迎える頃には、本当に自分の周囲や世界が、どこまで変わっているだろうか。
願わくば、少しでも素晴らしい世界になってほしいものだ。
そう美子は、自分の目の前にいる10人の子ども達を眺めながら、想わず心からの祈りを捧げた。
これで、本編については完全な完結になります。
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