第90章―12
日本の中宮陛下が、五つ子を産んだというのは、世界的な波紋を引き起こします。
まずは、北米共和国政府の反応です。
実際、美子中宮陛下が五つ子を産んだのは、世界中で大騒動を引き起こした。
「5人も産まれた、更にその内3人が親王殿下(男児)だと」
「そう第一報では伝えられていて、母子共に全員が健康だとか。全て真実とまでは言い切れませんが、真っ赤な嘘でもありますまい」
「そんなことが、現実にあり得るのか」
「現実に起こったようです」
徳川秀忠大統領は、大久保忠隣国務長官とそんなやり取りをしていた。
「諦めるしかないのか」
「その通りかと」
暗に日本の皇位継承について、二人は思わず禅問答のようなやり取りをした。
実際に親王殿下、つまり男児が1人だけならば、何かあれば、とまだ少しは希望が持てるかもしれないが、3人もいては。
今から千江皇后陛下が親王殿下を産んでも、事実上は第4皇子(第一子が薨去しているため)になる。
第4皇子まで皇位継承が回ってくる等、夢を見過ぎることになるだろう。
「千江が皇后陛下になることで、将来は(今上陛下の)外祖父になれるやも、と夢見たがな」
「完全に夢になりましたな」
どうにも二人共に笑うしかない。
ここまでの事態が起こっては、笑うしかないではないか。
「速やかに皇太子殿下誕生の祝いを、北米共和国政府の名でするように」
「分かりました。徳川家の名を絶対に出すな、ということですな」
「その方が色々と妥当だからな」
二人は更なるやり取りをして、口には出さずに、小督の姿を共に思い浮かべた。
この話を聞いた小督が激怒して荒れ狂う姿を。
実際に、(少し後の話になるが)これらの事を聞いた小督は、激怒の余りに2時間近くも暴れ狂った。
「あの女(美子中宮のこと)め。恐らく私の孫(先の皇太子殿下)も密殺したに違いない。何らかの手段で、自分の腹を痛める子(今回産んだ五つ子)に、男児が3人いることを知って、自らの子を皇太子にしようと動いたに違いない。今では高笑いをあの女はしているでしょう」
等々の罵詈雑言を周囲に言い放ったのだ。
(尚、夫の秀忠を始めとする面々は、こんな大統領夫人の言動が周囲に漏れては、対日関係が決定的に悪化するとして、懸命に内々に済ませようと奮闘したが。
どうしても、小督の言動が漏れるのは避けられないことだった。
だが、美子中宮陛下の意を受けた今上陛下が、
「皇后の実母が怒るのは当然だから、大目に見るように」
との内意をしめしたことから、対日関係の悪化は避けられたのだ。
だが、これはこれで、小督からすれば、美子中宮に見下されたとして怒りを膨らませることになった)
その一方で、秀忠と忠隣は、更に話を深めた。
「結果的に、我が国のライドが月面に最初に足を降ろせたな」
「姪なりに叔父に気を遣ったのでしょう」
実際には、テレシコワがライドに月面に最初に足を降ろすように指示したのだが、この時点では、そこまでの情報が、秀忠らの下には届いていなかったのだ。
「ライドに対して、昇進や叙勲を考えねばならないだろうが」
そこまで言って言葉を切り、秀忠は忠隣と改めて目を合わせながら言った。
「ライドに日本、日系人の血が流れていないのが、皮肉と言えば皮肉だな」
「確かに言われてみれば」
忠隣も、その現実に何とも言えない想いが浮かんだ。
北米共和国は、言うまでも無いことだが、日本の植民地が独立してできた国で、日本語を唯一の公用語にもしているのだ。
だが、今や日系人は完全に少数派に転落して、人種的にも混淆が進んでいて、黄色人種すら少数派になりつつある。
というか、純粋な白人種、黒人種、黄色人種は減少する一方なのだ。
それを想う程、月面に降り立った北米共和国人のライドが白人と黒人の混血というのが、色々と皮肉に想われてならない。
そう二人は考えてしまった。
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