第90章―9
そして、地球から出発して4日余り後、
「いよいよね」
「ええ、いよいよ」
テレシコワとライドは、改めて月着陸船内で確認し合っていた。
いよいよ人類初の月面到達が行われるのだ。
「本当に私が先で良いのですか」
「上官からの命令よ。上官の指示に従いなさい」
「でも」
「船長が月司令・機械船に残った以上、この場の最上位者は私よ。私の指示が聞けないの」
「分かりました」
テレシコワの言葉に、ライドはそう言いながら、敬礼した。
言うまでもなく、テレシコワも答礼する。
二人は改めて先程のやり取りを共に思い起こした。
「はい。私が月面に第一歩を記します」
地球から出発するまで、そう池田茶々は上里秀勝長官らには言っていたのだが、月司令・機械船から月着陸船への最終移乗が行われる段階で、態度を急変させたのだ。
「人類初の月面到達は、無事に全員が地球に帰還して終わりよ。私は船長として、その全行程の現場の最終責任者よ。その私が、月着陸船に乗り込む訳には行かないわ」
茶々は、他の二人に言い放った。
「しかし、上里長官からも月面への第一歩は池田船長が務めるように指示が出ていますが」
テレシコワが反論すると、茶々は更に言った。
「ここは宇宙空間よ。最終的には船長の判断が、宇宙空間の現場では最優先が当然でしょう」
「「確かに」」
二人も、その言葉に肯かざるを得ない。
宇宙空間の判断は瞬時に行う必要がある。
更に言えば、月の裏等、地球からの指示が宇宙船に届かない場所があるのだ。
そうしたことからすれば、船長の判断が最優先に現場がなるのは当然だ。
「それに私が歌うよりも、貴方達が歌った方が世界中に広めるのに効果があると想わない。勿論、私も月司令・機械船内から合唱するけど」
「確かにそうです」
茶々の言葉に、他の二人も肯きながら言った。
上里長官の下に、どうやって情報が流れて来るのか、茶々らには分からないが。
この人類初の月面到達は、日本の美子中宮陛下の御出産とほぼ同時に行われることになっている。
細かく言えば、美子中宮陛下の御出産は帝王切開で行われるとのことで、予定通りに行けばだが、出産が終わった頃合いに、人類初の月面到達が行われ、それを自分達も寿ぐことになっている。
その手段として、選ばれたのが。
「もし、日本の皇太子殿下が無事にお生まれになったら、「君が代」を月面から歌って欲しい」
「分かりました」
「今度こそ無事に成長されますように、世界中が祝福していますというのを示すように」
「はい」
上里長官から茶々らは、そのように指示を受けたのだ。
テレシコワやライドは特に疑念を覚えなかったが、茶々に流れる血、政治的嗅覚の血が、上里長官の指示に違和感を茶々に覚えさせた。
何しろ茶々は北米共和国の元大統領の徳川家康の孫であり、日本労農党の有力議員である池田輝政の娘でもあるのだ。
そういった血を承けている茶々にしてみれば、上里長官の指示は違和感を覚えてならず、素直に従えないことだった。
そうしたこともあって、更に自らの血縁から人類初の月面到達の宇宙飛行士に選ばれたという背景事情もあって、茶々は月司令・機械船に残ることを決断したのだ。
後で色々と言われるだろう、もしかすると、二度と宇宙船に乗れないかもしれない。
だが、祖父(の徳川家康)のやらかし(北米独立戦争)に比べれば遥かにマシ、とまで茶々は考えて、テレシコワやライドに月着陸船に移乗するように指示を下し、二人の乗った月着陸船を分離した後で、トラック基地にその旨を伝えたのだ。
このことでトラック基地は大騒動になった一方、テレシコワやライドは茶々に心からの敬礼を送ることになった。
自分達に月面初到達の栄誉が与えられるとは。
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