表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1785/1800

第89章―5

 妻の美子が来るのを予期していたのだろう。

 不意に自分の下にやって来た美子を、夫の今上(後水尾天皇)陛下は驚く様子もなく、向かい合うように座るように勧めて、夫婦はお互いに向かい合った。


 お互いが座ってすぐ、美子は冷たい口調で夫に言った。

「中和門院陛下にお会いして、用向きを伺いました。貴方は何処まで知っていたのです」

「弟(近衛信尋)が、其方の入内の儀があった直後といってよい頃に、其方の娘になる鷹司智子と結婚したい、近衛家を捨てても良い、と自分に言ってきて、更に母(中和門院)にも相談しに行った。自分や母は、弟を止めようとしたのだが。続けて、弟の妻(近衛信尹の娘)が懐妊した、夫の子に間違いない、と触れ回る事態が起きた。それで、母は色々と考えて動いていたようだが、その詳しい内容までは自分は聞いていなかった。其方と会いたい、と母が言ってきたことから、母は重い決断を下したようだ、とまでは考えたが、その内容について、どうにも母には聞けていなかった」

 今上陛下は、ぽつりぽつりと妻に語った。


 美子は夫の答えを聞いて、溜息を吐きながら言った。

「分かりました。それ以上は、私も聞きたくありません。鷹司家に対して、智子を近衛信尹の死後養女にすることを勧め、更には智子と近衛信尋の結婚も勧めます。良いですね」

 今上陛下は、妻の言葉に黙って肯いた。


 美子は改めて考えた。

 本当に夫と近衛信尋は兄弟だけあって色々と似ている、というべきだろう。

 好きな女性の為ならば、全てをなげうっても良い、と一時の激情に駆られていうとは。

 更に言えば、女性の好みも似ているようだ。


 これは、一条昭良も同様と考えて、鷹司家に対して、輝子の縁談をそれとなく勧めるべきだろう。

 その方が、後々で問題を引き起こさないだろう。

 美子は、そこまで突き詰めて考えざるを得なかった。


 そして、美子からの連絡は、鷹司家の面々を驚かせることになった。

「私が近衛信尹様の死後養女になって、近衛信尋様の正妻になるの。私は一条昭良様と将来は結婚する筈では無かったの」

「智子は今上陛下を、お父様と呼ぶべきなのか、お兄様と呼ぶべきなのか」

「更に言えば、輝子にまでその余波が及ぶとは」

 智子は絶句することになり、教平は途方に暮れて現実逃避の言葉を発して、信房も呆れかえるような想いがしてならなかった。


 智子の縁談自体は、生前の信尚が内々の話ということで、智子の中等部入学を機に、一条家に既に持ち込んでいて、智子もそれを内諾していたのだが。

 まさか、その話がいきなり流れて、その実兄になる既婚者の近衛信尋との縁談が持ち上がるとは。

 しかし、中和門院陛下の了解まで既にあって、更に今上陛下や自らの実母になる美子中宮まで賛同していては、智子としては極めて断りづらい話である。


 教平は改めて想った。

 家格から言えば、素直に喜ぶべきなのだろうが。

 妹二人が摂家に嫁ぐ話を、他家に嫁いだと言える実母が持ち込むとは想わなかった。

 とはいえ、中和門院陛下や今上陛下も後押ししていては、どうにもならないな。

 だが、輝子は、まだ小学校に入るか入らないか、という年齢なのに、本当に気が早過ぎるよ。


 信房の想いも、教平と大同小異だった。

 何とか断りたいが、これはどうにも断れない話だ。


 そうしたことから、鷹司家も、この縁談を最終的には受け入れることになった。

 智子は、まずは近衛信尹の死後養女になり、14歳になり次第、義兄になる信尋と結婚することになった。

 そして、輝子も一条昭良の婚約者に内定することになった。


(又、近衛信尋の今の正妻は、智子が養女になった直後に強制的に離婚させられ、中和門院陛下が尼僧として引き取られて、生涯を終えた)

 近衛信尋の先妻の運命は言わずもがな、ということで。


 それにしても、義父の弟と結婚した場合の義父は、

「お父様」と呼ぶべきなのか、「お兄様」と呼ぶべきなのか。

 どちらが正解なのでしょうか?


 尚、これで第89章を終えて、最終章の第90章に次話から入ります。


 ご感想等をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
凄いですね。美子様、本当に女性版御堂関白。 この物語の最初では、上里家の血脈がここまで繫栄するとは思いませんでしたよ。史実世界・皇軍来訪世界を通してここまで成り上がった家は類を見ませんね。(唯一の例外…
 突然の横車のような嫁取り玉突き案件に襲われた鷹司の人々の驚き、しかし1番年長の信房さんの──慌てふためいて飲み込む──までが美子さんの子供たちとほぼ同レベルってところに「政治的には置き物同然」と揶揄…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ