第89章―4
「信尋から、その話を聞かされて、私自身も色々と考えたの。やはり、摂家当主に家刀自となるべき正妻が事実上は不在というのは問題よ。この際、姪(信尹の娘)と信尋の離婚を認めて、信尋を貴方の娘の智子と再婚させたいの。とはいえ、近衛家の当主問題がある。だから、智子を私の兄の信尹の死後養女にすることで、信尋が近衛家の婿養子であることに変わりはない、というのを(公家社会の)内外に示したいの」
中和門院陛下は、美子にそう言い、美子は無言で肯くしか無かった。
だが、その一方で、美子にしても、それなりに気になることがある。
「申し上げにくいのですが、近衛信尋様の今の正妻はどうなされるおつもりですか」
「ここだけの話にしてちょうだい。私が叔母として、彼女は引き取ります。そして、仏門に入れて、ここで私が監守して一生、監禁生活を送らせます。お腹の子は死産だったことにして、何処かの口が堅いお寺に引き渡して、僧侶として生涯を送らせるつもりです。これ以上、我が近衛家の醜聞を酷くする訳にはいきません」
「分かりました。私も口外しません」
中和門院陛下の押し殺した言葉に、それなり以上の覚悟を感じた美子はそれだけしか言わずに考えた。
恐らく中和門院陛下は、姪を事実上は殺す覚悟を固めたのだ。
確かにこれ程の醜聞を起こしては、中和門院陛下も姪を流石に庇いきれない。
生涯、監禁されると聞かされ、実際にそれが続けば、姪は精神を何れは病んで、廃人と化すだろう。
そうなっては、姪がどんなことを言っても、狂人の戯言と周囲の誰もが考えるようになり、近衛家は守られるという訳だ。
美子は、自業自得と突き放しつつ、信尋の今の正妻の将来に一滴の涙を零した。
その一方で、美子としても、それなりに他のことも確認する必要がある。
「智子を近衛信尹の死後養女にして、信尋と結婚するのはお受けしますが、そうなると、一条家に対して既に内々とはいえ、智子の縁談を持ち込んでいる以上、不義理をすることになります。中和門院陛下には、その件でお口添えを願えますか」
「口添えはするわ。何だったら、お詫びということで、貴方の次女の輝子を、何れは一条昭良の正妻にしてもいいのでは」
「輝子はまだ6歳ですが」
「満3歳にならない孫の内親王殿下(文子内親王のこと)さえ、貴方の息子(上里松一のこと)への婚活に勤しんでいるのだから、6歳なら婚活にもう励まないと」
「幾ら何でも、気が早過ぎませんか。文子様は、松一がお気に入りの遊び相手というだけです」
中和門院陛下は敢えて軽く言うようだ。
実母が介入して、弟の内々の婚約者を、既婚者の兄が略奪して、現在の妻と離婚して、弟の内々の婚約者と再婚するのを認めるようなものなのだが、その詫びとして、婚約者の妹が嫁げばよい、とは。
更に美子は考えを進めて、溜息が出る想いがした。
その通りに事が進めば、長男の教平はともかくとして、自分は中宮だし、娘二人は今上陛下の同父母弟になる摂家当主に嫁ぐことになる。
又、次男の松一の妻は文子内親王殿下ということになる。
藤原道長の女性版として、後世に自分の名は語り継がれそうだ。
このままいけば、皇室と七つの内四つの摂家(近衛、一条、鷹司、上里)に、何れは自らの血が伝えられていくことになるのだから。
美子は色々と目が回る想いがしつつ、中和門院陛下の御前を退出することになった。
そして、宮中に戻った後、暫く一人で物思いに耽った上で、夫である今上陛下のもとに向かった。
一人で悩み続ける訳には行かないし、それにこの件を何処まで知っていて、中和門院陛下のもとに私を向かわせたのか、夫に問いだたしたくて、美子はどうにもならなくなっていた。
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