第89章―2
公家社会、家制度のややこしさが炸裂する話になります。
「近衛家の恥を色々と晒さないといけないのだけど。まずは黙って聞いてちょうだい」
「分かりました」
中和門院陛下が急に沈んだ顔になって言ったこともあって、美子も真顔になって中和門院陛下と向き合って対応することになった。
「何から話せばよいかしら。まずは私の異母兄になる信尹のことから話すべきでしょうね」
それを皮切りとして、中和門院陛下は、近衛信尹に実の男児がいなかったことから、婿養子を採ることにしたこと、そして、婿養子に自分、中和門院と後陽成上皇陛下との間の子になる信尋を迎えたこと、ところが、近衛信尹の娘は信尋を気に入らず、更に性的に奔放で別の男性と密通する有様だったこと、そうしたことから近衛信尹の娘と信尋は、それこそ結婚して1年も経たない内に完全別居するようになり、そうした夫婦生活をずっと送っていることを、美子に対して、るる語った。
美子はそれを聞きながら、黙って考えざるを得なかった。
その程度のことは、それこそ私どころか、公家社会の面々ならば誰でも知っている、と言っても過言ではないことだ。
更に言えば、この娘の不行状の心痛から、信尹様が酒浸りになって肝障害になり、命を縮められたのも公知といって良い。
それなのに、何故に私に対して中和門院様は、わざわざ語られるのだろうか。
そう美子が考えていると、中和門院陛下は爆弾を投下した。
「貴方と鷹司信尚の長女の智子を、近衛信尹の死後養子として迎えたいの。足利家や久我家といった近衛家と関係の濃い家にも内々で話をして承諾して貰ったわ。私の頼みを聞いてくれない」
「えっ」
さしもの美子も絶句した。
確かに自分が産んだ鷹司智子は摂家である鷹司家の娘であり、近衛家の養子になるには全く問題ない血筋を誇るが、何故に死後養子というある意味では非常手段を採る必要があるのだろうか。
「中和門院陛下の仰せとあらば、お受けしたい、と考えますが。何故にそこまでのことをしなければならないのでしょうか」
美子が辞を低くして、中和門院陛下に尋ねると。
中和門院陛下にしても、色々と溜まり切った腹の内をさらけ出したくなったらしく、明け透けな口調で事情を語り出した。
尚、以下はその内容である。
近衛信尋の妻になる近衛信尹の娘だが、上述のように複数の夫以外の男性と関係を持つ有様だった。
とはいえ、婿養子として近衛家の後継者になった以上は信尋は離婚できず、妻との完全別居生活を長年に亘って送っていたのだ。
だが、とうとう信尋の堪忍袋の緒が切れる事態が起きた。
信尹の娘だが、密通相手の子を身籠って、それを産もうとしており、更にはお腹の子は信尋の子だと言い出したようなのだ。
信尋は妻とは長年に亘って関係を持っていない、と言い張っているが、信尹の娘は、夫は真実を認めてくれない、私のお腹の子は夫の子だ、と周囲に言い触らす事態が起きている。
「男の浮気は甲斐性というのに、女の浮気は許されないのか、女の浮気が許されないなら、男の浮気も許されない、という声が強まりつつあるのは分かるけど、だからと言って、夫以外の男性の子を夫の子だ、と言い張ることが許される訳が無いわ。最も20代半ばになって、このままいけば子どもを産み育てられない、という想いも姪(信尹の娘)にはあるのでしょうけれど。ともかく、そうしたことから、姪と信尋の離婚を私は認めるつもりです。だが、そうなると信尋は近衛家の婿養子で無くなる。それを避けるためにも、貴方と鷹司信尚の長女の智子を近衛信尹の死後養女にして、その上で信尋と再婚させたいの」
中和門院陛下は、そういって話を締めくくったが。
何故にそうなるのか、さしもの美子も少し呆然とするしか無かった。
ご感想等をお待ちしています。




