第88章―4
これ以降、この世界での人類初の月面到達を、個々に分けて描いていくことにし、まずはロケット開発のことから描いていくことにするが。
結果的に世界三大国の中で、ロケット開発を主に担うことになったのは、ローマ帝国だった。
勿論、日本や北米共和国も協力しなかったことはないが、史上最大のロケットを開発して月面到達が成し遂げられたという栄誉を自国が得たい、というローマ帝国というよりエウドキヤ女帝の強硬な主張が、ローマ帝国がロケット開発を主に担う事態を引き起こした。
だが、幾ら軍事面で世界三大国の中では、ローマ帝国がロケット兵器を愛用していたとはいえ、そういったロケット兵器とは全く違う技術が必要と言っても過言では無いのが、宇宙ロケットである。
ローマ帝国の技術者達は、気が遠くなるような想いを抱きながら、悪戦苦闘する羽目になった。
(更に言えば、その間にもやや枯れた技術を活用しての、宇宙探査機や通信、偵察等の人工衛星打ち上げの為のロケットの製造が行われると言う実情があっては。
開発、製造現場の苦悩は深まるばかりとしか、言いようが無かった)
最初は少しでも開発期間を短縮するため、既に完成しているロケットを多数束ねるクラスターロケット方式を月面到達用の宇宙ロケットに採用することが検討されて、実際に製造されて打ち上げ実験まで行われたのだが。
製造後に詳細を聞かされたトラック基地の面々の多くが肝を潰す事態が起きた。
「正気で製造したのか」
上里秀勝長官は呆れかえって言った。
「幾らエウドキヤ女帝に忖度したとはいえ、限度があるだろう。無理をし過ぎだ」
ケプラーは言い、ガリレオは無言で肯くしか無かった。
更に辛辣なことを言い放ったのが、宇宙飛行士の面々だった。
「私だったら、そんなロケットには絶対に搭乗拒否し、宇宙飛行士を退職して、日本陸軍航空隊に転属します。私は死にたくないですから」
黒田栄子は、公然と周囲に言って回った。
「俺も、この一件に関しては、黒田栄子に味方する。俺も、そんな危険なロケット乗りたくない」
ウィリアム・バフィンも言い、ヤコブ・ルメールも同様のことを言って回った。
さて、何でそんなにトラック基地の面々の多くが肝を潰してしまったか、というと。
五段ロケットで月面到達を目指すことまでは、まだトラック基地の面々は理解できた。
月面まで赴く以上、多段式ロケットの採用は止むを得ないし、更に五段にするのもまだ理解できる。
だが、新規ロケットを開発する時間が惜しいことから、第一段に30基の既存ロケットを使い、それを同期制御することで打ち上げようとするとは。
(メタい話をすれば、それこそ現実の2020年代の技術をもってしても、30基のロケットを同期制御して打ち上げるのは極めて困難である。
現実に成功したロケットの同期制御の最大数は27基で、2018年に打ち上げられたファルコンヘビーになるのだ。
それを史実の1960年代前半の技術レベルで、30基のロケットを同期制御して打ち上げようとは。
上里秀勝らが呆れて、宇宙飛行士が、そんなロケットに乗りたくない、というのも当然だった)
ともかく、この失敗がトラック基地の面々の耳に入り、それぞれの本国政府にこの状況を伝えた結果、改めて新規の大型ロケット開発が推進されることになった。
だが、この迷走のために、結果的に数年の遅れが出ることは避けられず、ローマ帝国のロケット開発の技術者や製造現場の面々は、文字通りに首筋が寒い日々を暫く送らざるを得なかった。
「次の失敗は本当にクビが飛ぶ。エウドキヤ女帝が激怒しているらしいぞ」
そう彼ら彼女らは言い交わし、失敗が許されないという重圧に晒された。
尚、この辺りは史実のソ連のN-1ロケットを小ネタとして拾わせてもらいました。
(因みにこのロケットの発射実験自体は、ローマ帝国独自のロケット基地で行われており、トラック基地では行われていません)
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