第86章―2
その一方で、実務的な話も進めざるを得ないのだが、この会話をきっかけとして、エウドキヤ女帝と上里勝利は、少し昔語りを交えた現状の話を始めた。
「それにしても、ローマ帝国が復興して30年余りの時が経っている、気が付けば朕にしても、60歳を越えている。本当に時の経つのは早いものよ」
「全くですな。つい、先日に前田慶次殿が亡くなり、その妻のアンナ殿も後を追うように1年も経たない内に身罷られましたように思えますが。気が付けば5年以上も経っていましたな」
(この世界の前田慶次の没年は1613年、妻のアンナの没年は1614年です)
「二人共に60歳は過ぎていましたから、若死にとは言えませんが、本当に寂しくてならない気が。エジプトに来た後、私を実の娘のように可愛がってくれた義父母の浅井長政夫妻も、既にこの世の人ではありません」
「皮肉なことに、無能非才の私は長命していますな」
「其方は決して無能非才ではない。もし、そうならば、ローマ帝国はここまで拡大できておらぬ」
二人は、共に上里家の身内のことに想いを馳せながら、会話を交わした。
「そういえば、其方の兄弟姉妹は、どうのこうの言っても皆、存命であったな」
「確かに上は85歳の姉の織田(三条)美子から末の61歳の中院里子まで、全員が健在です。最も全員が、ほぼ楽隠居生活を送っていますが」
「それでも9人全員が健在とは羨ましい話よ」
エウドキヤ女帝は、目の前にいる上里勝利の兄弟姉妹のことに想いを馳せた。
かつて、シャム国王のナレースワン大王が崩御する際に嘆いたとか。
「何故に、織田美子と上里勝利姉弟のどちらも、我が国に残らなかったのか。もし、二人共に我が国に残っていれば、東南アジアを制する大国に我が国を押し上げたのは間違いない。仮に一人だけでも、それに近い事態を成し遂げられただろうに」
二人が本来から言えば、シャム王国人であることを考えれば、ナレースワン大王がそう言うのも当然かもしれないが。
皮肉なことに、姉弟は養父の上里松一の縁によってシャム王国には残ることは無く、姉は日本の宮中女官長(尚侍)を務め、弟はローマ帝国の大宰相の印綬を帯び、共に両国で大政治家として名を馳せたのだ。
そして、武田和子、先年、夫の武田義信が亡くなり、それをきっかけに夫の菩提を弔うために、北米本願寺にて尼僧になったとのことだが、未だに北米共和国にて、かくしゃくとしている。
彼女が居なければ、北米独立戦争が起きず、北米共和国は成立しなかった、という程の女傑である。
小早川道平は、安芸の三原で楽隠居生活を送っているが、かつては日本の名外相として名を馳せた。
伊達智子は、南米ブラジルで悠々としており、特に動いたことは無いが、その長男は日本の現首相の伊達政宗になる。
上里清は陸軍大将を退役しており、息子二人に先立たれる不幸があったが、娘の美子は中宮になろうとしている。
九条敬子は元内大臣の九条兼孝の正妻であり、老いた今でも琵琶や三線では世界の名手とされている。
上里丈二は海軍大将まで進級しており、来年には停年を迎える筈だ。
中院里子は地味だが、源氏物語の注釈である岷江入楚を、夫の中院通勝が書き上げる際に様々な協力をした等とのことで、源氏物語を始めとする文学に関する知識の深さで世界に知られている存在だ。
本当に様々な分野で、上里家の兄弟姉妹は活躍しているといって良い。
二人は共に考えざるを得なかった。
本当に世界史上に名を遺す華麗なる兄弟姉妹と、上里家の兄弟姉妹は言えるだろう。
そして、その親と言える上里松一と、その二人の妻プリチャ(永賢尼)と上里愛子(張娃)。
その3人が世界を変えた、と言えるだろう。
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