第85章―19
武田信勝中将と袁崇煥の会話は続いた。
「情けは味方、仇は敵なり、というのは、国家憲兵(警察軍)と住民との関係にも通じます。国家憲兵(警察軍)が、住民を基本的に信頼して情けを掛けるのと、住民を敵視して権力で迎えつけるのと、どちらが住民が国家憲兵(警察軍)に協力的になると思われますか」
「確かに住民を基本的に信頼して情けを掛ける方が、住民は国家憲兵(警察軍)に協力的になる、と私も考えざるを得ませんな」
だが、その一方で、袁崇煥の脳裏に浮かぶ考えがあった。
東廠の廃絶は確かに良かったが、その代償として、明帝国政府全体を監察する部署が、極めてひ弱になったのも事実なのだ。
泰昌帝は、本音としては東廠に代わる明帝国政府全体を監察する機関を設けねば、と考えている。
恐らく国家憲兵(警察軍)は、そういった側面も担うことになるだろう。
そう袁崇煥が考えているのを無視して、武田中将の話は続いていた。
「各府や州毎に治安を担う機関、警察は必要ですが、それに加えて、流賊から転じた犯罪結社等を潰す為にも明帝国全土を管轄する国家憲兵(警察軍)を正式に設置すべきだ、と考えます。こういった警察の現場の者達は、基本的に警棒のみを装備し、一部の治安が悪い地域のみで拳銃を装備すべきです。勿論、いざと言う際の凶悪事件に備えて、軍に準じる重装備の部隊も少しは必要でしょうが。前線で住民と触れ合う者達は、警棒のみを原則として持つことで、住民に対する威圧感を軽くして、兵自身も腰を低くし、住民と信頼関係を築くように心掛けて行動していくようにするのです」
「確かに、その考えはこれまでありませんでしたが、言われてみれば、その通りだと考えます」
袁崇煥は、肯きながら言った後、内心で考えた。
恐らく明帝国軍の半分は、国の治安維持の為に国家憲兵(警察軍)に転職することになるだろう。
ふと考えたのだが、その司令官、トップとして、秦良玉を選んではどうだろうか。
明帝国全体の治安を守る司令官に、女性が任命される、というのは明帝国が変わった、というのを国の内外に知らしめることになるだろう。
最も秦良玉本人が嫌がるか、彼女は軍人としての自分に誇りをもっており、国家憲兵(警察軍)に転職しろ、と勅命が出されたとしても、素直に受けないやもしれぬ。
そんな少し他所事さえ、袁崇煥の脳裏には浮かんだが。
その一方で、袁崇煥が更に考え、武田中将に意図を確認したいことがあった。
「国家憲兵(警察軍)の主な任務ですが、州や府を跨いだ犯罪に対処するのは当然として、それ以外のことでも働くようにすべきでは無いでしょうか」
「例えば」
「様々な大規模災害、それこそ水害や地震といった天災、又、疫病禍等です。こういったことにも国家憲兵(警察軍)は対処してはどうでしょうか」
「日本では消防が主に対処する仕事ですが、確かに国家憲兵(警察軍)が当たってもおかしくない。むしろ、積極的に当たるべきやもしれませんな」
二人はやり取りをしながら、共に考えた。
勿論、地域ごとに消防を行う組織が、明帝国内に存在しない訳ではない。
だが、州や府を跨ぐような大災害に対処するとなると、本当に大事なのだ。
かといって、そうそう常設しておくわけにもいくまい。
それこそ税金の無駄遣いになりかねない。
そうしたことからすれば、国家憲兵(警察軍)がそういった任務に当たるのは中々の良案だろう。
それこそ国家憲兵(警察軍)は、明帝国全体の治安維持のために情報収集を常に行っている。
だから、大災害の情報を速やかに把握できる。
更にその救援活動等を、国家憲兵(警察軍)が展開すれば、住民は信頼するだろう。
二人はそこまで考えを進めていった。
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