第85章―3
そんなことがあって、明帝国政府を構成する面々、上は皇帝から下は末端の官僚までが引き締まって、質は向上することになったが。
明帝国内の状況は、様々な面で荒廃しきっていた。
それ以前からの悪政の積み重ねもあり、万暦帝の暴政の結果、租税負担は極めて重くなり、多くの農民が暮らしていけないとして、多くの田畑を放棄する事態が起きていた。
更に田畑を失った大量の難民が流賊となりつつあるのが、明帝国の現状としか言いようが無かった。
又、明帝国内の多くの都市も死につつあるといって良かった。
日本及び諸外国からの大量の私貿易による物品の売り込みは、明帝国の多くの都市に住んでいた職人を失業させたのだ。
勿論、その代わりという訳ではないが、私貿易をする商人は栄えることにはなる。
だが、そうなると都市の多くが単なる消費地となり、生産拠点ではなくなるのだ。
このことは微妙に都市の住民の精神を荒廃させることにつながる。
真面目に働くよりも、それこそ右から左に物品等を売り抜けた方が楽で、更に儲かる。
そういった現実を見せつけられては、真面目に働くのはバカらしい、と考える都市部の住民が増えるのが当然としか言いようが無かった。
更に流賊の多くが、少しでも楽に稼ごうと都市の住民を狙い、その被害を多発させた。
こうしたことも、都市の住民の民心を荒ませて、都市を死に向かわせることになった。
その一方で、皮肉なことに、これ程に明帝国内が荒廃していたことが、後金やモンゴル、日本が明帝国内部への介入を基本的に行わず、明帝国政府や住民に対する様々な援助を行わせたのも事実だった。
下手に明帝国内部を直接統治しては、難民が自国に流入する等、明帝国の被害が自国にまで及ぶのではないか、と各国は危惧したのだ。
それよりは、明帝国政府や住民を支援して、明帝国政府に主な責任を負わせた方が良い、と各国は考えて行動することになり、その支援を主に実施するのは、国力等から日本ということになった。
(既述だが、後金やモンゴルは、対ローマ帝国警戒の為に国力の多くを向けざるを得なかった。
又、琉球王国は、かつての経緯等から明帝国支援に前向きだったが、如何せん国力の問題があり、結局は明帝国の支援は、日本が主力と言うことになったのだ)
そして、日本と明帝国両政府の要人が話し合って、まず行うことを決めたのが。
「京杭大運河の大規模工事を行う。具体的には5000トンの外洋船も通航できるのを目標とする」
との提言で、これを聞いた泰昌帝は、思わず絶句した。
泰昌帝は徐光啓らと、真面に向き合って話し合った。
「唯でさえ、民は苦しんでいるのに、そのような大工事をしては叛乱が起きるのではないか」
「確かに賦役で行っては、叛乱が起きてもおかしくありませぬ。ですが、日本政府は、この工事で働く者達に多額の賃金を支払うのも提言しています」
「賃金を支払うだと」
泰昌帝にしてみれば、理解が及ばないことだった。
泰昌帝にしてみれば、更に明帝国の官僚の殆どが、こういった工事は賦役で行うのが当然だった。
だが、日本政府は賃金を支払うように言ってきた。
つまり、賦役を否定したのだ。
しかし、それでは工事に掛かる費用が多額になり、国庫への負担が更に重くなる。
泰昌帝には全く理解できないことだった。
しかし、日本の要人と膝詰めで話し合うことで、徐光啓らはこのことの多大な利点が分かった。
それ故に泰昌帝に熱心に利点を説くことになった。
「この際、新通貨を発行して、更にこの工事等で支払う賃金を新通貨で支払うことにします。それによって、国の財政再建も図ってはどうか。そう日本政府は提案しました」
泰昌帝は、心から驚くしか無かった。
お前は運河工事が好きすぎる、と言われそうですが。
この頃の明帝国に出来そうで、かつ、泰昌帝やその周囲が理解できそうな大規模な公共事業というと、私の才能では京杭大運河の大規模工事しか、思いつきませんでした。
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