第84章―18
そんな話し合いが、母の下では行われているのを、エウドキヤ女帝の息子にして皇太子のユスティニアヌスは直接には知らなかったが、おおよそは母の考えを察していて、皇太子妃になるマリナ・ムニシュフヴナと、自らが即位した後のこと、帝国憲法制定についての考えを話し合っていた。
「母は帝国憲法制定には極めて否定的なんだ」
「どうして」
「自分の手足を縛りたくない、と言うんだ。実際、憲法というのは君主、政府を縛るモノだから」
「確かに憲法は、君主を縛る存在だから、その通りね」
夫婦は話し合った。
マリナは内心で考えた。
義母、姑はどうのこうの言っても、あのイヴァン雷帝の娘なのだ。
自分の思い通りに成らないと、すぐに癇癪を爆発させる。
皇帝臨席の閣議の場において、エウドキヤ女帝が癇癪を爆発させない閣議の方が少ない、というのが公然と帝国の住民の間に噂として流れる有様で、自分もそれが事実なのを知っている。
そうした義母にとって、自分の手足を縛ると言える憲法等は言語道断の代物なのだろう。
「でも、昨今の世界の流れから、多くの帝国の住民が憲法制定を求めている。それに何時までも応えないでいては、それこそ革命、叛乱騒動が起きて、帝国の分裂、崩壊が起きかねない。だから、母が崩御したら、自分は帝国憲法を制定するつもりだ。君の母国のように」
「良いことだと考えるわ」
夫婦はやり取りをした。
実際、(この世界の)ポーランド=リトアニア共和国は、現在では憲法を制定して、議院内閣制を認めた立憲君主国家に変貌している。
とはいえ、シュラフタ(ポーランド=リトアニア共和国における貴族階級、とはいえ国民の1割がシュラフタであり、日本の江戸時代の武士階級よりも人口に占める割合は高く、一部の訳書では、そういった事情から士族と訳される)が主となっており、シュラフタ以外の国民にも完全に同様の権利を求める運動が全国的に展開されている状況にあった。
そうはいっても、これまでに政治を担ってきたシュラフタにしてみれば、全国民に同様の権利をというのは受け入れ難いモノで、一部の有産国民に限って選挙権を認める等の分断工作を行っていた。
でも、日本や北米共和国の状況から、ポーランド=リトアニア共和国も動かざるを得まい。
そんなことをマリナは考えていると、ユスティニアヌスは妻からすれば思わぬことを言った。
「最もローマ帝国の国会は、色々と他の国と違う、敢えて言えば、北米共和国に近いモノになるだろうね。何しろ貴族がほぼいない地域もある。その一方、各地域の実情もある。二院制にして、一方は全国民の代表としつつ、もう一方は各地域の代表といった感じにせざるを得ないだろう」
「そう言われれば、そうなるわね」
二人の考えは一致した。
ローマ帝国内において貴族階級は、ほぼいないと言っても過言ではない。
勿論、皆無という訳ではなく、イタリア地域等では速やかに帝国に帰服したことから、様々な特権こそ与えられていないが、名誉称号的なモノとして爵位等を持つ貴族がいることはいる。
だが、そうは言っても、帝国全体から見れば僅かな数で、彼らで貴族院(元老院)を造る訳には行かない。
その一方で、広大な帝国を統治する以上、各地域に目配りせざるを得ない。
北米共和国も広大な領土を統治する関係から、国内に州を設置して、州にかなりの自治権を与えることで、領内の統治を円滑に行っている。
ローマ帝国も、何れは北米共和国のように、国内に州を設置して、州にかなりの自治権を与えることになるだろう。
そして、国政の場においても、それを示さざるを得ないだろう。
皇太子夫妻は、そんなことまで帝国憲法について考えざるを得なかった。
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