第84章―17
「それこそ世界の住民、市民の意識の流れからすれば、我がローマ帝国と言えども、何れは成文憲法を制定して、国民の権利を憲法で保障して、統治機構では三権分立を認めて、といったことをせざるを得ないだろう、と達観せざるを得ぬ。何しろ、日本では「衆議院の優越」を認めて、完全に民本主義に基づく国家に変貌しつつあるからな。主権者は君主、今上陛下だと言いながら、あそこまで国民の権利を認めて良いのか、と朕としては皮肉らざるを得ないがな」
エウドキヤ女帝は、藤堂高虎大宰相に対して、半ば独り言を言い、女帝の言葉に対して、藤堂大宰相は無言で対応しつつ、顔には出さないようにしながら、苦笑せざるを得なかった。
実際、二人にしてみれば、余りにも苦い現実だった。
ローマ帝国の住民の民族、宗教が単一に近ければ、逆説的だが民本主義を認めやすいのだが。
現実のローマ帝国は真逆で、下手に民本主義を認めては、宗教や民族等の対立から、帝国の分裂、崩壊へと繋がりかねないのだ。
更に言えば、(この世界の)日本は、大日本帝国憲法において君主主権を標榜している。
だから、専制君主制国家を指向して当然な立場なのだが、現実には民本主義を認めて、それこそこの世界では、北米共和国と並んで、国民の様々な権利を保障する立憲主義国家に、日本はなっている。
「君臨すれども統治せず」を国是と日本はしており、世界最高峰の立憲君主制の国だ、と日本の国内外から仰ぎ見られていると言っても過言では無い現実が、この世界ではあったのだ。
だからこそ、今の日本の国内外が、逆説的に日本が大日本帝国憲法改正を進めたのを、ローマ帝国等は単純に認める訳には行かない事態が起きてしまった。
日本の現状を単に肯定しては、却って自国において、民本主義を肯定した憲法制定、改定を求める事態を引き起こしてしまい、却って自国の混乱を引き起こすと言う危惧を覚える事態が起きたのだ。
(更に言えば、日本政府も似たような考えを持つ事態が引き起こされていた)
「それで、我が国としては、どう対応しますか。国民に対して、ある程度の権利を認めない、と本当に憲法制定運動が、革命や叛乱につながりかねませんが」
「ともかく明文憲法制定は、朕の死後とする。朕が生きている間は、叛乱を起こすような者はおるまい」
二人はやり取りをして、女帝の言葉に藤堂大宰相は無言で肯いた。
実際、女帝の恐怖政治は、帝国中を覆っていると言っても良い。
女帝の恐怖政治は、実父のイヴァン雷帝を凌ぐと、国の内外で謳われている。
実際には、そんなことは無く、それなりの理由で粛清を行ったのだが、モスクワ大公国への侵攻から平定に至るまでに行った旧モスクワ大公国の貴族や高級聖職者に対する粛清で、女帝への恐怖は帝国の内外に及ぶことになった。
辛うじて助命された貴族の多くも、財産の殆どが没収されて爵位を失い、実際には必要あってのことなのだが、多くが運河建設等の為に働くことになり、苦役を強いられているとの誤解までが広まった。
(実際には苦役とは言い難く、それなりに真面な事務を中心とする仕事を旧貴族は主にしていたのだが)
「そして、息子のユスティニアヌスが即位した後、最初の慶事として憲法を制定する、との噂を流して、それを本当にすれば良い。朕も60歳を越えた。そう長く待つ必要は無い、と多くの国民が考えて、待つだろう。それによって、叛乱や革命騒動を防ぐのだ」
「良き御考え、と私も考えます」
「実際には、法律でそれなりの権利、自由を認めてやれ。そうすれば、益々叛乱等は起こらぬだろう」
「仰せのままに」
女帝と藤堂大宰相は、そのような形でこの件の話し合いを事実上は終えた。
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