第84章―12
そんな感じで、衆議院においては大日本帝国憲法の改正案の審議は順調極まりなく進んだが。
貴族院の審議は、そうはいかない事態が起きるのはどうにもならなかった。
既述のように、この大日本帝国憲法の改正案は、衆議院の優越を認めるモノだからである。
だから、貴族院議員の殆どが内心では大いに反発することになり、幾ら今上(後水尾天皇)陛下の御意思であると言われたり、又、五摂家の総意であると言われたりしても、流石に面と向かって反対の言動をするだけの者は少数だったが、多くの貴族院議員が、内心では大いに反対であることから、陰に陽に審議を遅らせる等して、大日本帝国憲法の改正案を流産させよう、と図ることになったのだ。
とはいえ、それは鷹司(上里)美子尚侍に、ほぼ読まれていた行動だった。
だから、九条幸家内大臣が、この貴族院議員の抵抗運動に頭を抱え込むのを、(流石に内心に止めたが)冷笑するだけの余裕が美子にはあった。
「本当にこんな状況なのに、大日本帝国憲法の改正案を貴族院は総議員の3分の2の賛成多数で可決するようなことがあるのか」
「普通に考えれば無理でしょうね。更に言えば、私が入内するまでに改憲を成功させる必要がある。こういった時間制限を考える程、尚更に無理なように見えます」
九条内大臣と美子は忌憚のない会話を交わした。
「ということは、改憲を諦めるべきだ、というのか」
「何でそんな結論に成るのです。大丈夫、ほぼ確実に改憲は成功します」
「どうやって。貴族院議員の多くが、口には出さないが、内心では改憲反対なのだぞ」
「幾つか、おまじないをしようと考えています。それで、何とかなるでしょう」
九条内大臣と美子は、更なる会話を交わし、美子は煙にまいたような言葉を言った。
さて、九条内大臣とやり取りをした後、美子は四辻与津子の下に赴いた。
四辻与津子は典侍であり、尚侍である美子にしてみれば部下になる。
更に言えば、従四位下の官位を持つ貴族院議員でも与津子はあった。
それ故に明け透けに美子は与津子と談判することになった。
「大日本帝国の改憲に賛成してくれるならば、例の(猪熊)事件の面々の恩赦を、伊達政宗首相は今上(後水尾天皇)陛下に働きかけてくれそうなのだけど。どうかしら」
「それは」
美子の言葉に、与津子は絶句した。
与津子と猪熊教利は異母兄妹であり、仲が完全に良かったとは言い難いが、そうは言っても実の兄妹であることに変わりはない。
その為に今上陛下にかつては我が身を差し出してでも、兄の恩赦を図ろうとした程だ。
(尚、そのことが美子の耳に入って、更に美子の逆鱗に触れることになり、与津子は今上陛下と関係を持つのを諦めざるを得なかった)
「私としては反対したいのだけど、伊達首相としては、改憲に伴う恩赦を行いたいようよ。伊達首相がそこまで拘るのなら、私は反対しないことに決めたわ。貴方は改憲に反対するの」
「ちょっと考えてから、お答えします」
美子の問いかけに、与津子は懸命に無表情を保ちつつ、返答した。
与津子としては、兄の恩赦が認められるのなら、改憲に賛同しても良い。
だが、すぐに美子の言葉に応じては、完全に足下を見られる以上、すぐには応じられなかった。
「それから、この恩赦の件は他の貴族院議員には、貴方から伝えて貰えないかしら。恩赦の件について、私は動く気に成れないから」
「分かりました」
美子の更なる言葉に、与津子は即答した。
猪熊事件では、徳大寺や花山院、大炊小路といった清華家の一員も家族が南極送り等になっており、大臣家の中院家や名家の広橋家等も家族が南米送りになっている。
美子は猪熊事件の恩赦を匂わせて、改憲を進めようと考えていた。
何で美子が自分から恩赦の話をしないの?
という疑問が起きそうですが、次話で明かしますが、美子としては猪熊事件の関係者の恩赦には、本音では反対なのです。
しかし、次話で描かれる事情や改憲の為に、恩赦を進める判断を最終的に美子はしましたが、本音では腹立たしくてならないので、自分からは動かないのです。
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