第84章―9
「本当に世界中の国が、立憲主義に苦労しているということか」
「それこそ日本や北米共和国のように国を豊かにせねば、と欧州やアジア諸国は、日本や北米共和国に留学生を送り出したり、逆に人を招いたりしました。単に科学技術等を導入して、工業化を図るだけで済めばよいのですが、そういった人の交流があれば、必然的に政治や経済、法律等も変えねば、という意識も必然的に伝わることになります。そして、北米共和国の存在は余りにも大きい。王制で無い共和制で、あれだけの大国が現在の世界には存在する。更にそういった現実にあこがれる国民が、自国内にそれなりに増えつつある。各国の王族や貴族が危機感を覚えて、苦労しつつも立憲主義の幟を掲げて、憲法制定に奔りつつあるのは当然の気がします。何しろ国民の力は実は大きい。あの当時、世界最大の超大国だった日本でさえ、最終的には北米共和国の分離独立を呑んだという現実があります」
「そう言われれば、そうだな」
今上(後水尾天皇)陛下と鷹司(上里)美子尚侍の会話は、そこで一段落した。
「ところで、他の国の話を聞いて、改めて考えたのだが、其方としては、何処まで「衆議院の優越」を認めたい、と考えているのだ」
「それこそ立憲主義の観点からすれば、御上が首相以外に、それも本来は宮中の人間である私に諮問すること自体が問題の気がしますが」
「尚侍として本来は宮中の人間でありながら、積極的に改憲案の取りまとめに動いている其方が言うか」
「確かにその通りです」
他の国の現状を合間に話したことから、今上陛下と美子の頭は程よく冷えていた。
「前にも言いましたが、予算に関しては、完全に衆議院の優越を認めるつもりです。これは国民生活に直結することで、それこそ税金等も絡んでおり、衆議院の判断を尊重しないと国民の大きな怒りを引き起こしかねません。具体的には衆議院が予算を先議して、衆議院で可決後は貴族院で30日以内で予算の採決を行うことにし、採決が出来ねば、衆議院は貴族院は否決したものとして、予算を再議決することができ、それで過半数で可決すれば、予算は成立することにします」
「そこまで譲歩をするのか」
「予算は国民生活に直結することですから、少しでも停滞を避けるべきです。そして、責めは内閣と衆議院が負うべきですね」
今上陛下と美子はやり取りをした。
「法律については、貴族院で否決されても、衆議院が出席議員の3分の2以上で再可決すれば法律になる、としてもかまわないと私は考えています」
「確かに出席した内の3分の2もの衆議院議員が求めることならば、法律化すべきだろうな」
二人のやり取りは進んだ。
「首相の指名権については、現状から変えないつもりです。それこそ今上陛下の大権の一つです。それに衆議院と貴族院、双方の議決が食い違うというのは、これまでの慣例からして考えにくいでしょう」
「朕が首相を指名して、それを両院が承認するという建前だからな。衆議院が可決すれば、貴族院が否決するというのは、確かに考えにくい」
二人は、首相の指名権に関しては、そのようなやり取りをした。
「その代わりに条約については、予算と似たような感じで、衆議院の優越を認めるつもりです。それこそ北米共和国の独立を認める条約の承認について、かつて貴族院で苦労した悪夢がありますから」
「そういえば、そうだな。ところで、伊達首相はそれを持ち出さなかったのか」
「伊達首相は、条約については拘りが余り無いようですね」
「それよりも自らの首相の方が大事か」
「そう私は見立てています」
「そうか、そうなるか」
二人のやり取りは、そこで終わった。
今上陛下は想った。
いよいよ改憲か。
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