第84章―8
そんなことを鷹司(上里)美子が考えていると、今上(後水尾天皇)陛下は、美子が余りにも思いつめたことを考えないようにと考えて、別の話題を振ることにした。
「余りにも我が国の改憲問題を話し続けるのには、どうにも自分は疲れた。諸外国の立憲問題について、雑談を交わすことで気分を変えたいのだが。ダメかな」
「いえ。それはそれで良いことと考えます」
今上陛下からの問いかけに、美子は即答した。
実際に美子自身が、大日本帝国憲法の改正問題について、考えるのに疲れていたのだ。
「実際問題として、諸外国で立憲運動はあるのか」
「何をもって、立憲運動と言うのか、と言う問題まで絡んでくることですね。それこそ北米共和国では、北米独立戦争終結直後に、国民主権に基づく憲法を制定しており、先年、議院内閣制を廃止するという大きな憲法改正さえも果たしています。それに対して、例えば、イングランドでは「マグナカルタ」といった憲法のような代物はありますが、明確なこれが憲法というモノは無い現実があります」
今上陛下からの試問に、美子は即答した。
「確かに、何をもって憲法と言えるのか、というと悩ましい事態が起きそうだな」
「明文上は憲法を持たない国でも、国といった制度を持つ以上は、憲法のような代物は必要不可欠です。それこそ明らかな専制君主制で、憲法を持たないローマ帝国でさえも、細かに観察すれば、憲法のような代物がある、というか。それなくしては、ローマ帝国という国、制度は維持できません」
今上陛下と美子のやり取りは続いた。
「とはいえ、日本や北米共和国の影響から、徐々に明文の憲法、乃至はそれに準じたモノを持つ国は増えつつあります。例えば、ドイツ帝国では、新たな「金印勅書」が、帝国の内外から憲法と見なされる事態が引き起こされつつあります」
「そうなのか」
「ドイツ帝国の新たな「金印勅書」は、帝国の住民の権利の保障等を行い、更に帝国の国家制度の大枠を定めたモノと言えますから。帝国の内外から憲法と見なされても当然です」
美子は、今上陛下にドイツ帝国の憲法に関する現状を丁寧に説明した。
「それならば、フランスやスペインといった他の欧州諸国、又、シャムやマラッカといったアジア諸国、ムガール帝国やオスマン帝国といったイスラム教諸国はどうなのだ」
「欧州諸国では、基本的に政教分離を進めて、日本と似たような議院内閣制、国会は二院制にしようと志向している国が多いようですね。イスラム諸国は、皮肉なことにイスラム教自身が政教一致を志向していますから、イスラム教に反しないように立憲主義を進めざるを得ず、頭を痛めているようです。それが特に深化しているのが、スルタン=カリフ制を採用したオスマン帝国で、政教分離を下手に進めては、カリフではない、とイスラム教(スンニ派)の信徒から、大量の批判が起きかねない状況にあるようです。アジア諸国は、イスラム教信徒が国民の多数を占める国ならば、オスマン帝国と同様、イスラム教信徒以外が国民の多数を占める国ならば、日本に近い改革を目指しているようですね」
今上陛下からの更なる問いかけに、美子はやや長めの答えをした。
「成程な」
「各国共に本当に立憲主義を、どう取り扱うべきか、苦労しています。専制君主制のローマ帝国でさえ、エウドキヤ女帝が崩御した後は、明文で憲法制定を図ると国の内外では予測されています。昔と違い、新聞雑誌やラジオ、更にはテレビが普及しつつある。そうなると、国民の権利意識が向上するのは当然で、そうなると憲法を制定せよ、国民の国政参加を、という声が高まるのは、ほぼ必然的な流れです」
今上陛下と美子はやり取りをした。
考えてみれば、史実世界で言えば、イングランドの権利の請願や権利章典以前、更にフランス人権宣言以前なのに、社会権すら人権として認められる世界に。
更に言えば、1970年代レベルの世界である以上、そうならないとおかしい気が。
本当に時代が急激に進んでしまいました。
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