第83章―13
「やれやれね」
鷹司(上里)美子は、夫の信尚が薨去してから1月余りが経ち、そろそろ四十九日の準備をしなければ、と考えて取り掛かろうとしつつも、侍女の磐子に小声で愚痴った。
「やれやれですか」
「ええ。本当に自分達で煽ったこととはいえ、日本の国内外でこんな騒動になるなんて。それこそ夫をローマ帝国や北米共和国が殺したような気さえするわ」
「滅多なことを仰いますな」
磐子は美子と小声でやり取りをしつつ、自身も主の美子が言うのはもっともだ、と考えざるを得なかった。
本当にローマ帝国と北米共和国が謀略を巡らせて、信尚を殺したのではないだろうか。
そんなことはアリエナイと分かってはいるが、そう疑いたくなるくらい、両国政府の手際が良い。
本来ならば、皇后陛下の実家である以上は、ローマ帝国も北米共和国も、美子の今上陛下への中宮入内に反対すべきだろうに。
伊達政宗首相が、鷹司(上里)美子は再婚すべきではないか、何だったら、中宮として今上陛下に入内してもよいのではないか、と言ったことに対して。
両国政府は共に、一帝二后並立がかつての日本であったのは聞かされている、皇室の盛事が取り戻されるのならば、素晴らしいことでないか、と言ってきたのだ。
更にローマ帝国政府が先導して言って、北米共和国政府が尻馬に乗る形だ。
北米共和国の徳川秀忠大統領の正妻の小督は、実娘の千江の夫が重婚する方向になりつつあることに激怒して、夫の秀忠他を攻撃したらしいが。
エウドキヤ女帝が、この件を主導していると夫から聞かされて、小督は黙ったとか。
小督も猛女と言えるが、エウドキヤ女帝には流石に勝てない。
夫の秀忠を陰で攻撃する程度に、小督は矛を収めざるを得なかったようだ。
それにしても、エウドキヤ女帝が美子の入内に賛同するとは。
美子の首相就任疑惑は、エウドキヤ女帝他のローマ帝国政府最上層部を、余程、震撼させたらしい。
それに肝心の皇后陛下の徳川千江が、本音ではともかく、表面上は美子の入内に異論を唱えず、むしろ歓迎する意向を示しているのだ。
千江にしてみれば、お姉様と慕う美子が出家遁世するよりは、夫と結婚した方が、まだしもマシということなのだろう。
磐子はそこまで考えを進めた。
「それにしても、私の親全てが、今上陛下への中宮入内を積極的に推進するとは想わなかったな。清父さんに、理子母さん、愛義姉さん、九条兼孝夫妻に鷹司信房夫妻、両親に実母に養父母に義父母、私の親7人全員が中宮として入内しなさい、と言うなんて」
美子は少しボヤくように言った。
美子としては、一人くらい、私の出家願望に味方してくれると考えていたのだ。
とはいえ、日本の国内外の事情から、入内止む無しと最終的には言うだろう、と考えていたのに。
入内話が持ち上がった途端、親全員が美子に入内しなさい、と言って来るとは。
「それは当然ですね」
磐子は、不遜と美子に想われるだろう、と考えながらも、少し斜めに美子を見ながら言った。
「どうして」
「美子様は、御自身の魅力を本当に自覚しておられますか」
「それなりに自覚しているつもりだけど」
「いいえ、自覚が全くありません。余りにも無防備で、周囲の人を無意識のうちに誘惑されます。それこそ西洋では悪魔がいる、と言われていて、その中には女の姿で男を誘惑する淫魔、サキュバスがいると言われているそうですが、美子様はサキュバスと言われても仕方ありません。日本流に言えば、本当に九尾の狐の化身で、周囲の人を惑わせます」
「そうなの」
「出家するよりも、再婚した方が醜聞にならない、と親全員が考えて当然です」
磐子は少し強めに美子に言い、美子は自分はそんなに魅力的なのかなと考えた。
以前にも書きましたが、美子は自らの魅力に全く気付いていません。
だから、今回の話のようなやり取り等が起きます。
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