第83章―11
そんな大騒動が、日本の国内外で鷹司信尚が急死した後で、順次、起きていたのだが。
(更に言えば、様々な伝手、主に「天皇の忍び」によって、今上陛下と鷹司(上里)美子の下に、そういった大騒動の情報が伝わっていたのだが)
忌引き休暇等が明けたことから、又、鷹司(上里)美子は、愛していた夫の信尚を急に失ったという傷心が、それなりではあったが、実際に癒えたという事情も相まって、ほぼ半月ぶりに尚侍として宮中に出勤することができることになった。
だが、宮中に出勤して早々、自らが蒔いたタネとはいえ、美子は戸惑う事態が起きた。
皇后陛下の徳川千江から、美子は難詰されるに近い事態になったのだ。
「お姉様、本当に出家なさるおつもりですか」
「ええ。急に亡くなった夫、信尚の菩提を弔う為に出家しようと考えています」
「そんな出家等、考えないで下さい。出家したら、もう会えなくなるのでは」
「そんなことはありません。出家はしますが、子どもが幼い内は在家の尼として生きるつもりです。時折は宮中にも顔を出すつもりですから」
そう皇后陛下からの問いかけに、美子はのらりくらりと答えていたところ。
予め美子の出勤を「天皇の忍び」を介して把握していた今上(後水尾天皇)陛下が、美子に助け舟を出そう、と二人がやり取りをしている場に顔を出してきた。
尚、どういう意味で助け舟を出そう、としているかは、今上陛下と美子にしてみれば暗黙の了解で。
「千江、気持ちは分かるが。夫を失った傷心から、出家したいという尚侍を引き留めるべきではない」
「そうは言われますが。貴方も、尚侍にそれなりどころではなく惚れていた、と聞いています。それなのに、本当に出家しても良いのですか」
「かつて、もしも自分が10年早く生まれていたら、いや5年、いやいや3年でよい、早く生まれたかったと考えなかったとは、言わないが。尚侍が、鷹司信尚殿を選んだ事実は変わらない。尚侍の想いを尊重すべきだろう」
皇后陛下と今上陛下は、そんなやり取りをした。
尚、美子は、その二人の傍で黙って畏まっている。
「そんなお姉様は、やはり出家なさるべきではありません」
皇后陛下は、更に言い募った。
皇后陛下にしてみれば、まだ30歳と若い美子が出家するのは余りだ、という考えがどうにも先立ってしまうのだ。
「そこまで仰せになられても。私がこのまま再婚しないままでは、男漁りをしている為だ等の誹謗中傷が起こる気がしてなりません。かといって、再婚する気になれない以上、誹謗中傷を避けるために、出家して髪を下すのが妥当だ、と私は考えるのです」
「実際、その通りだろうな。出家せずに再婚しないでいては、尚侍は却って醜聞沙汰が起きるだろう。この際に、醜聞を避けて、誹謗中傷が起きない為にも出家すべきだ」
美子と今上陛下は、懸命に皇后陛下を(裏の意図を隠して)宥めることになった。
「それならば、お姉様が再婚されれば良いのでしょう。それこそお姉様が中宮に成られれば良いのでは」
と皇后陛下の千江は、思わず言ってしまい、自分の言葉に固まる事態が起きた。
(尚、美子と今上陛下は、皇后陛下がそういうだろう、と実は誘導していた)
「皇后陛下にそこまで仰せられては。私は中宮に成らざるを得ないやも」
「その通りだな。美子は中宮に成るべきだ。千江、美子が中宮に成るのに当然に賛同するな」
美子と今上陛下は、千江の言葉を逆手にとって、美子が中宮に成る方向に話を進め出した。
千江としてみれば、自分から言い出した以上、美子が中宮に成るのを止めることはできない。
「美子お姉様が中宮に成るのならば、私としては悦んで賛同します」
千江はそこまで言うことになってしまった。
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