第83章―8
場面が変わり、美子の内心を描いた話です。
さて、そんな騒動が実際に起きていた頃、鷹司(上里)美子は忌引き休暇に加えて、自らの傷心を癒すためと称して、丸々2週間の間、九条家を訪問した以外では、鷹司邸に引き籠っていた。
実際に美子の傷心はかなり深く、急に夫を失った哀しみから、中々寝付けないし、寝入ってもすぐに目が覚める日々を、10日程も送っていたのだ。
だが、その一方で、それなりに侍女の磐子を介して、今上(後水尾天皇)陛下と書簡をやり取りして、今後のことについて相談もしていたし、磐子らから最新の情報を得てもいた。
何しろ色々と綱渡りをしないといけないのが、美子や今上陛下にしてみれば自明だったからだ。
美子の本音、感情としては、本当に夫の信尚の死を悼んで、出家遁世したい程だった。
だが、それをやる訳に行かない状況にあるのが、頭が良すぎるために美子としては自明なのが、逆説的につらくてならなかった。
日本、皇統のことを考える程に、自分は中宮になる必要があった。
どう考えても、今の皇太子は虚弱であり、成人したとしても、健常な子を残せるか不安があった。
そして、千江の現状からすれば、皇太子の同母弟も同様になりかねない。
それならば、今上陛下が父と同様に宮中女官と関係を持って、皇太子の異母弟をつくるのはどうか。
だが、皇位継承の順位から言えば、千江の子が最優先であり、宮中女官の子はそれに劣位する。
更に言えば、宮中女官の子にしても、皇后の千江が自分が育てる、と言い張れば、それが通ると言う宮中の現実がある。
皇后は嫡母として、全ての皇子女の母だからだ。
そういった点で、自分が中宮になれば、そういった問題点はない。
皇后と中宮は対等の存在であり、今、自分が皇子を産めば、皇太子の次順位の皇位継承者になる。
そして、皇后が自分が皇子を育てたい、と言っても中宮の自分は拒否できる。
更に場合によっては、宮中女官の産んだ皇子を、中宮の自分が育てることもできる。
皇位継承の安定ということを考えれば、どう考えても自分が中宮になる必要があるのだ。
それに。
自分で自分が赦せない、と考えつつも、今上陛下が結果として自らを磨き続けて、私の横に立つのに相応しい男になろうとして、実際にそうなってくれたのが、心の片隅で嬉しくてならないのだ。
そして、今や自分と今上陛下が結婚するのに、表向きは障害が無くなったのだ。
そうしたことからすれば。
そんなことを考えてしまう自分に吐き気を覚えつつ、美子はそこまで考えざるを得なかった。
さて、そんなこんなを考えつつ、鷹司邸に篭居していた美子だが。
二人、訪ねて来た人がいた。
会いたくない、として美子としては拒否したかったが、相手が相手だけに会わざるを得なかった。
さて、そのまず一人目だが。
「本当に出家されて、貴族院議員は続けられるつもりですか」
「ええ。貴族院に関する憲法改正問題がある以上、今、貴族院議員を辞職できません」
伊達政宗首相からの単刀直入の問いに、美子は即答した。
「まだ若い身空で出家なさることは無いでしょう。再婚されては如何でしょうか」
伊達首相は、それとなく美子の出家を止めようとする。
美子は分かり易い従兄だ、と改めて考えつつ、返答した。
「ともかく、少し先のこと。暫く夫を悼ませて下さい」
「分かりました」
美子の剣幕に、伊達首相は引き下がった。
二人目だが。
「本当に出家するつもり」
「はい」
織田(三条)美子と鷹司(上里)美子はやり取りをした。
「そうしたいのなら、そうしなさい。でも、無理でしょうね。それに貴方の本心は違うのでしょう」
義理の伯母は、姪に対し全てを見透かしているように言い、姪は練達の政治家の伯母の言葉に対して無言で肯くしか無かった。
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