第83章―7
九条完子の口は、実は軽いといって良い。
内々にするように、と親友の鷹司(上里)美子等が言えば、却って身内に話したくなる性格である。
そして、それを夫の幸家も、親友の美子も良く知っている。
だから、幸家と美子は猿芝居を完子の前で打ったのだ。
更に言えば、完子は幸家と美子が考えた通りといって良い行動を執った。
「絶対に人に言ってはダメよ」
そう前置きをして、完子は妹である皇后陛下の千江に、美子が九条家を来訪した翌日には、美子と九条家の面々とのやり取りを密やかに話していた。
千江は完子の話の途中から驚愕の余り絶句し、完子が語り終えた後、姉の肩を掴んで言った。
「そんなお姉様(美子のこと)が出家なさるのですか。夫からは、そんなことは聞いていませんが」
「えっ、美子ちゃん、千江には言っていなかったの」
「初耳です」
「それこそ出家する以上、尚侍を辞職せざるを得ないし、とうに千江には話していると想ったのだけど」
「そんなお姉様が出家なさるなんて」
千江は衝撃の余り、涙を零しながら言った。
千江は涙を零しながら、姉に訊ねた。
「何とかお姉様の出家を止めることはできませんか」
「出家すると言っても、お寺に入るとかではなく、在家のままだから、逢おうと想えば逢えるわよ」
完子は妹を慰めようと言ったが、千江としては、それでは不満なのだ。
「何とかして、お姉様の出家を止めないと」
千江は更に言い募った。
「夫の幸家が言っていたのだけど、美子ちゃんが未亡人のまま、というのは色々と醜聞を引き起こしかねないの。だから、出家して醜聞から免れたい、と美子ちゃんは考えているみたいだから、出家しないと言うのは難しい、と考えるわ」
完子は千江を懸命に宥めた。
「それならば、お姉様が未亡人で無くなればよいのでしょう。再婚すれば良いでは無いですか」
「美子ちゃんが再婚する?それこそ今上陛下と再婚すれば良いとか言うの?仮にも(五摂家の一つ)九条家の養女なのよ。下手な男性と美子ちゃんが再婚したら、それが醜聞になるのよ」
千江の暴走といって良い言葉を、完子は更に宥めた。
「それならば、夫とお姉様が結婚するのを認めます」
一時の激情に駆られたこともあり、千江はそこまで言い放ってしまい、言った後ですぐに後悔した。
あっ、相手が幾らお姉様とはいえ、夫が別の女性と結婚するのを認める、と言ってしまうとは。
一方、完子はそこまで千江が美子ちゃんのことを想っているとは、と逆に感極まってしまった。
「分かったわ。お父様(の徳川秀忠)を始めとして、色々な人に美子ちゃんと今上陛下が再婚するように言ってもらいましょう。それこそ、美子ちゃんは、摂家の九条家の娘(養女)なのよ。今上陛下と再婚して、中宮になっても全く問題無いわ」
完子は千江にそう言った。
「ええ、その通りです」
千江は思わず舌を噛み切りたい思いをしながら言った。
何で自分は激情の余りに、そこまで言ってしまったのか。
とはいえ、今更、お姉様と夫が結婚するのは認めない、と言っては、お姉様は出家の路を歩むだろう。
どちらがマシかと言えば、まだ夫とお姉様が結婚する方がマシだ。
だが、完子にそこまでの千江の考えが伝わる筈が無い。
「今上陛下と美子ちゃんが結婚すれば、美子ちゃんは首相に成れないわね。ちょっと残念かな」
完子は千江の言葉から、更に口を滑らせてしまった。
「えっ、そんな話が」
千江は更に驚愕する羽目になった。
「ともかく美子ちゃんと今上陛下を再婚させるわよ」
「ええ」
完子は千江の考え、真意に気づかずに言い放って、自分の父の秀忠等に働きかけることにした。
一方、千江もここまでに至った以上、自らも父の秀忠や養母のエウドキヤ女帝らに伝えた。
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