第83章―6
さて、相前後して鷹司美子は、養親の家になる九条家を訪ねていた。
隠居した九条兼孝の妻の敬子は、美子の実の叔母になる。
更に鷹司家に美子が嫁ぐ際に家格の問題が生じないように、九条兼孝夫妻の養女に美子がなったという事情があるのだ。
又、九条家の現当主である九条幸家は、そういった事情から美子の実の従兄であり、義兄にもなっていて、又、幸家の妻の完子は美子にしてみれば、学習院の初等部の頃からの同級生の親友でもあった。
そういった幾重にも積み重なった縁から、美子にしてみれば完全に実家のような想いで、九条家を訪ねることになっていた。
そして、美子は養両親や義兄夫婦と向かい合っていた。
「やっと葬儀等が、一通り済んで落ち着きました。百か日法要を終えたら、髪を下ろして出家しようと考えています」
美子がそう言うと、養両親や義兄夫婦が口々に言いだした。
「まだ30歳と若い身だ。そんな身で出家することはあるまい」
「そうですよ。ゆっくりと一周忌まで考えた上で、出家するかどうか決めてはどうですか」
そう、養両親は言った。
「美子ちゃん。そんなことを言わないで。子ども達はどうするつもり、父が亡くなって、母は出家してしまうなんて。子ども達が可哀そうよ」
完子は、そう美子を咎めるような口調で言った。
「そうだな。確かに信尚は良い夫だった。美子が哀しみの余り、出家したいと言うのももっともだ。それに家格等を考えれば、美子が再婚するのは難しい。それこそ再婚するにしても、中宮にでもならないとダメだろう。かと言って、美子が出家しないでいては、色々と誹謗されそうだ。そう考えるならば、美子は出家するのもアリだろう。だが、出家しても家で子ども達の面倒を見ることはできる。そうしてはどうかな」
幸家はそう言い、完子は夫を睨みつけたが。
これには、実は裏があった。
幸家は内大臣として、今上(後水尾天皇)陛下の真意を知っており、更に美子の真意(今上(後水尾天皇)陛下に中宮として入内するつもり)まで知らされていたことから、猿芝居を打ったのだ。
美子は九条家の面々の言葉を聞いて、暫く考えた末に言った。
「そうですね。出家しても家で子どもの面倒を見ても良いですね。尚侍は辞職することになるでしょうが、貴族院議員は憲法改正問題が起きつつあることから、引き続き務めるようにとの御言葉も(今上陛下から)賜りましたし、もう少し考えます」
美子の言葉を聞いて、完子は目を丸くして言った。
「憲法を改正する話が出ているの」
「ええ、内々ですが。でも、来月中には貴族院を通過する見込みです。後は衆議院次第ですね。それから、この件はまだ公になっていないので、内密に願います」
美子は即答した。
「凄い。「不磨の大典」と謳われている憲法がいよいよ改正されるのね」
「今上陛下の意向を受けては、貴族院も反対しきれないからな。最も美子が動いたのも大きいが」
完子の更なる言葉に、幸家は合わせるように言った。
「本当に私は大したことはしていません」
「いや、そんなことはない。美子の政治的手腕は素晴らしい、美子を首相にしたい、と今上陛下が仰せになるのも当然のことだ」
美子と幸家は更にやり取りをした。
「えっ、美子ちゃんが首相になるの」
「不可能ではないな。貴族院は全会一致で首相として承認するだろうし、衆議院も上手く行けば、首相として承認するだろう。尼になっても、首相は務まるし。ま、美子が入内したら皇室の一員になるから、美子は首相に成れないが」
完子と幸家はやり取りをした。
「冗談も程々にして下さい」
美子はそう言う一方、他の面々に気づかれないように幸家と目で会話した。
「これで布石は打てました」
「そうだな」
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