第83章―5
だが、伊達政宗首相の思惑は、いきなり崩れることになった。
鷹司信尚の初七日が終わった頃、鷹司(上里)美子が夫の菩提を弔おうと出家しようとしている、という話しが広橋愛を介して、伊達首相の下に届いたのだ。
「(愛は美子の実母だが、既述の事情から、周囲に話すときには、愛は美子を妹と呼ぶ)妹の美子ですが、夫の急死に心を痛めているようで、夫の百か日が済み次第、出家して尼になりたい、と父の清に明言したそうです。更に言えば、今上陛下も、美子がそうしたいのならばそうするように、と勧めたとか」
「何」
愛の言葉に、伊達首相は硬直しながら絶句した。
美子が出家して尼になっては、中宮としての入内は絶対に不可能になる。
無理に美子を還俗させても、一旦、夫の菩提を弔いたいと出家した女性を入内させる等、これまでの慣例、更に世論等から考えても絶対に不可能だからだ。
だが、その一方で出家して尼になり、俗世を離れるのならば、美子が首相になる芽は潰れるな、と政宗の内心の一部は冷たく考えたが、それに続く愛の言葉に更に驚愕することになった。
「唯、今上陛下としては、尼になっても美子に貴族院議員は続けて欲しいとのこと。実際、尼になっても官位はそのままが日本の恒例である。それに憲法改正を伊達首相が密奏してきた、このような政治的な重要な時期に、美子が俗世を完全に離れるのは、余りにも政治的に宜しくない、朕を支えるように、とまで今上陛下は美子に伝えたとのことで、美子は感泣し、貴族院議員を続けることを決めたとか」
「何だと」
愛の言葉に、伊達首相の背には、冷たい汗が冬にも関わらず、滝のように流れるような覚えがした。
「どうかなさいましたか」
伊達首相の顔色が、それこそ急激に何度も変わる有様に、愛は伊達首相を心配して、声を掛けたが。
愛の声は伊達首相に届いていなかった、と言っても過言ではなく、伊達首相は考え込むことになった。
不味い、余りにも不味い。
美子が尼になって貴族院議員を続けるだと。
中宮として入内させて、首相の芽を潰すことは完全に不可能になる。
それに僧尼になったからといって、日本のこれまでの慣例からして、政界から引退しないのが当たり前ではないか、とまで言えるのだ。
何しろ、それこそ歴代で何人の法皇が院政を敷いたことやら。
又、臣下の身であっても、事実上、政権を握った僧侶が、信西を始め何人もいる。
尼僧に限っても、北条政子を始めとして何人いることやら。
だから、美子が尼になったからといって、政界から引退する必要はないのだ。
逆に、そこまで今上陛下から信任されている以上、美子の首相就任の目は極めて高いと見るべきだ。
伊達首相の思考は、そこまで進んでいった末に。
「いかん。絶対にいかん。美子を出家させてはならん」
暫く考え込んだ後、伊達首相は思わず口に出して言った。
愛は呆然とした。
いきなり、首相は何を言い出したのだ。
(愛は裏事情、美子を首相にしたいという今上陛下が伊達首相に言ったという事情を知らない)
そして、伊達首相は、自らの声と愛が傍にいることで、我に返って、慌てて取り繕った。
「ともかくだ。30歳のまだ若い身空で、夫を急に失った哀しみから出家まで考えるのは分かるが。そんなに物事は急に決めるべきではない。落ち着いて、暫く考えた末に、出家という重い決断はすべきだ。愛も実母として、そう考えるだろう」
「はっ、はい」
伊達首相の言葉に、愛も気を取り直しながら、返答した。
「ともかくだ。美子は出家するには若すぎる、良く考えるべきだ」
伊達首相はそう言いながら、頭を急回転させて、美子の出家を阻止し、今上陛下への入内工作に大至急、取り掛かることを決意した。
日本史を顧みれば、出家しても政治活動ができる、というのが、この世界では常識で。
鷹司(上里)美子が出家した後、首相になることの何処がおかしい、と言う現実が。
そうしたことから、伊達首相は慌てふためくことに。
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