第83章―4
さて、そんな想いを上里清がしている頃、伊達政宗首相は、この千載一遇と言える好機を逃してなるものか、と逸り立つ状況にあった。
政宗にしてみれば、鷹司(上里)美子の夫の信尚が薨去したことは、千載一遇の好機だった。
今上陛下が、美子を自分の次の首相にしようと考えているとは。
更に、それを阻止しようにも、どうすれば良いのか、と政宗が頭を痛めているところに、美子の夫の信尚が薨去したという情報が飛び込んできたのだ。
自らの腹心の仲間である宇喜多秀家に、政宗はささやくことになった。
「これは奇跡だ。千載一遇の好機だ」
「どういう意味なのです」
「分からぬか」
秀家の反問に、政宗は薄笑いを浮かべながら言ったが、秀家はピンと来なかった。
政宗は薄笑いを浮かべながら言った。
「皇室典範を細部まで読め。中宮が認められているだろうが」
「確かに」
秀家とて、現職の衆議院議員として、ある程度の法律の条文を諳んじている。
だから、皇室典範の一条を思い起こして、政宗の言葉を認めた。
「皇軍来訪」の後に定められた皇室典範において、今上陛下の妻として、皇后、中宮、女御の三種が定められたが、実際には長きに亘って、皇后、中宮、女御は置かれなかった。
何しろ応仁の乱から後、「皇軍来訪」に至るまで、皇室は貧窮の極みにあり、皇后、中宮、女御を置くどころでは無かった、と言っても過言では無かったからだ。
更に言えば、それに代わるモノという訳ではないが、典侍等らの宮中女官が、今上陛下の御寝に侍って皇子女を産むのが恒例化しており、後奈良天皇陛下も、正親町天皇陛下も、今更感もあって、皇后を迎え入れずに済ませてしまったのだ。
だから、後陽成天皇陛下が皇后陛下として、近衛前子を迎えたのは、本当に久々の盛事であり、更に皇后陛下に立后されたのが、近衛家の娘でもあることから、今上陛下の他の妻として、中宮や女御を迎え入れるのはトンデモナイことだ、という周囲の思惑、忖度もあって、後陽成天皇陛下は皇后一人を妻としては迎え入れる事態が起きたのだ。
(尚、後陽成天皇陛下は、妻こそ皇后陛下のみだったが、宮中女官複数と関係を持っており、それなりの皇子女を宮中女官との間に儲けている)
そのために、中宮、女御は完全に空文化しており、これまでの皇室典範改正時に削除論が出たことがあったが、序でに削除するというのも躊躇われて、そのまま条文上は存続している。
「鷹司(上里)美子は、五摂家の一つの九条家の娘、九条兼孝の養女だぞ。つまり、中宮として入内できる資格が既にあるのだ。そして、中宮になれば、鷹司(上里)美子は首相就任が不可能になる」
「確かに」
政宗の言葉に、秀家は目を見開いて驚きながら言った。
「かつての一帝二后並立の盛事を果たすことこそ、日本の皇室が完全に復興した証等の言葉を並べて、美子を中宮にするのだ」
政宗は秀家に訴えた。
「確かに良い考え、と思いますが。今上陛下や美子はどう考えるでしょうか」
「知らぬのか。今上陛下が、結婚前に美子に初恋で惚れこんでいて、美子は今上陛下の執心から逃れるために、皇后陛下との縁談を進めたとの密やかな噂を」
秀家の問いかけに、政宗は悪い顔をしながら言った。
「確かに聞いたことはアリ、今でも密かに今上陛下は美子に想いを寄せているのやも、だから、尚侍で美子はいるという噂がありますな」
「だろう」
二人は更なるやり取りをした。
「ともかく、まだ美子は若い、再婚しても良いのではないか、例えば、中宮になっても良いのでは、という話しを、それとなく周りに流せ。少しずつ外堀を埋めるのだ」
「分かりました」
政宗と秀家は、今上陛下への美子の入内工作に取り掛かることにした。
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