第83章―3
実際に似たような想いを、鷹司信尚の葬儀に参列した多くの面々がすることになった。
葬儀の喪主を務めるのは、本来ならば信尚の長男になる教平だが、何しろ20歳にもならない身では流石に喪主は務まらない。
(それこそ名目上の喪主で済むのならば、教平でも何とかなるが、実務を取り仕切るとなると、教平では流石に不可能である)
そして、信尚の実父の信房は、高齢で隠居した身の上であり、息子が急死した衝撃から立ち直り切れていない、と周囲の者の多くが見ている現実がある。
(それに信房は当時15歳に過ぎなかった息子の嫁の美子に、初孫のお祝い返しを丸投げしてしまうような人物であり、内大臣を務められたのも、息子の嫁の御蔭だと自他共に認める存在とあっては)
そんなことから、信尚の妻の美子が葬儀の喪主を務めることになった。
そして、美子は抜かりなく夫の葬儀を取り仕切り、無事に済ませることに成功したのだが。
その葬儀に参列した美子の父の上里清、及び美子の養母の理子、美子の義姉にして実母の愛は、改めて美子の容貌等に溜息を吐く羽目になり、少し深刻な顔をして信尚の葬儀後に話し合わざるを得なかった。
「改めて想ったのだが、美子は喪服を着て居ながら、周囲の男を性的に誘っていなかったか。美子自身は完全に無意識だと父として信じたいが」
「娘である以上、そんなことは無い、と言いたいですが。どうにも否定できませんね」
清の言葉に、理子は即答して、愛は無言で肯いた。
更に愛は義父母に追い討ちを掛けるようなことを言った。
「本当に美子を再婚させないと、それこそ事実無根の噂、寡婦になったので複数の男を寝床に誘い込んでいる等の噂が飛び交う気さえ私はします。喪服姿であれ程の所作を示しては、本当に誤解する男が出ておかしくない、というよりも、当然の気がしてなりません」
愛の言葉に、義父母の清と理子は溜息しか出なかった。
せめて美子が40歳を過ぎていれば、と3人共に想わなくもないが。
美子は30歳の女盛りといって良い身なのだ。
尚侍を務め続ければ、それこそ猪熊事件を再演する可能性すらある、と3人共に考えてしまった。
そんなことから、鷹司信尚の葬儀が終わった数日後に、美子の今後の身の振り方、生き方について、清は美子の考えを直に聞こうと、鷹司邸を訪れることになった。
実の父子であることから、清は美子に単刀直入に聞いた。
「今後のことをどうしたい、と考えているのだ」
「そうですね。百か日法要が終わり次第、夫を悼むために出家しようと考えています」
「そうか」
美子の言葉に、清は改めて想った。
美子は、それ程までに夫の信尚を愛していたのだ。
「出来れば、そのまま深山で読経三昧の生活を送って、夫の菩提を弔いたいですが、従三位の官位を持つ以上は、貴族院議員のままになります。それに、我が子らはまだまだ成人していません。そうしたことから、我が子らの成人や結婚を見届けるまで、在家の尼僧として鷹司邸で暮らして、貴族院議員の職務を務めようと考えます。今上陛下からも、私の考える通りにすればよい、との御言葉を賜りました」
「そうなのか」
父子は更なるやり取りをした。
清は娘の言葉を聞いて想った。
百か日法要が終われば、娘の美子は出家して尼僧になるつもりなのか。
とはいえ、それはそれで良くない気がする。
妻や娘(広橋愛)が言うように、美子は本当に色気があり過ぎる。
尼僧になって独身を貫いては、却って美子は醜聞塗れになる気が、実父の自分はしてはならないが。
そうは言っても、夫を悼むために、美子が尼僧になるというのを、自分が止められるかと言うと。
清は暫く悩んだ末に美子に言った。
「そうしたいのならそうしろ」
尚、ネタバレになって申し訳ありませんが。
実は美子の本音は違うのですが、周囲を誤解させる為に、美子は清にそう言っています。
(予めここで書いておかないと、美子の言動が違う、と叩かれそうなので、書いておきます)
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