第83章―1 鷹司信尚の薨去とその余波
新章の始まりになります。
それは1月4日の朝のことだった。
鷹司(上里)美子は、何時ものように夫の信尚の肌の温もりを感じながら、目覚める筈だった。
だが。
美子が徐々に覚せいして、夫の身体に手を伸ばしたところ、夫は冷たくなっていた。
「えっ」
衝撃の余りに美子は、声を挙げながら、がばと起き上がった。
いつの間に、夫はあの世に旅立ったのか。
どうして、私にさよならの一言さえも掛けてくれなかったのか。
そんな混乱した想いが、美子の心の中で駆け巡った。
「母上、どうかしたの」
そこに何時もの習慣で、早朝のジョギングをしようと起きてきた智子が、襖越しに自分に声を掛けてきて、その一言が、美子に冷静さを取り戻させた。
「智子、すぐに皇宮警察の人を呼んで」
皇宮警察という名だが、実際には消防の職務も担う関係もあって、彼らの多くが応急措置に熟達している。
更に言えば、早朝ジョギングの警護等の関係から、皇宮警察官2人が今、鷹司邸にいるのだ。
美子は、智子にそう指示した。
「どうしたの」
母の緊迫した声に智子が只事ではない、と察して声を掛けて来るが、美子にしてみれば、そのやり取りさえも、苛立ちを覚えてしまう。
「ともかく、すぐに呼びなさい」
「分かった」
母の言葉を受け、智子は皇宮警察官をすぐに呼び、皇宮警察官2人が駆けつけて来た。
「何事ですか」
「夫の様子が変です。ひょっとしたら、亡くなっているのかも」
「ええっ」
皇宮警察官は美子の言葉に驚き、信尚に応急措置を施そうとするが、信尚に触れた瞬間、皇宮警察官は2人共に固まってしまった。
2人共に、既に信尚がこと切れている、と冷たい肌から察したのだ。
「尚侍、申し上げにくいのですが」
上役になる皇宮警察官が、そこまで言った瞬間。
美子の心の堰は、遂に決壊した。
身も世もなく涙を零し、泣き喚くしか無かった。
予め覚悟を固めていた筈だった。
だが、こんな別れを夫とすることになるとは。
せめて、最期の会話を交わしたかったのに、どうして、神はそれさえも私達夫婦にさせなかったのか。
そんな想いが美子の内心を駆け巡って泣き喚くしかなかったのだ。
そして、美子の泣き喚く声を聞いて、相次いで鷹司家の家族、信房夫妻や美子の子達が駆けつけて来た。
更に、身も世もなく涙を零し、泣き喚く美子を見て。
又、皇宮警察官から、信尚が薨去していることを聞いて。
思わぬ事態に、鷹司家の家族全てが慟哭することになった。
とはいえ、そんな時間も永遠には続かない。
小一時間が経って、美子は泣き喚くのを止めて、気を取り直した。
だが、美子以外の鷹司家の家族は、未だに慟哭している。
そして、そのことは却って美子を冷静にさせた。
「尚侍として命じます」
「何でしょうか」
気を取り直して冷静になった美子は、この場に居る皇宮警察官に言葉を発して、皇宮警察官もそれを自然と受けることになった。
「夫を解剖してください。殺人か否か、真実を解明せねば」
美子の言葉に、義父の信房は涙を思わず止めて、激怒して大声で言った。
「息子を解剖するのか」
信房の言葉に、美子からすれば義母にして義姉になる輝子が肯き、美子の子どもらも涙を止めた。
だが、それは美子を益々冷静にさせた。
「このような事態が起きた以上、真実を解明する必要があります。我が鷹司家を、疑惑に塗れさせる訳には行きません。それこそ鷹司家の大不祥事になります」
美子は冷静に信房に反論し、信房も美子の条理に満ちた言葉に沈黙せざるを得なかった。
実際にもしも殺人事件だったら、鷹司家にとって大不祥事になるのだ。
そして、元内大臣である信房の沈黙を見て、皇宮警察官二人も状況を改めて認識した。
「分かりました」
上役の皇宮警察官が言って、各所に連絡を始めた。
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