プロローグ―3
そんなことがあった翌日、鷹司(上里)美子は、他の摂家に対して鷹狩りの獲物を贈る手配をした後、自らは鶴1羽及び兎2羽を今上陛下と皇后陛下に献上していた。
「これは見事な鶴と兎だな。年末の贈り物として、最上のモノを贈られるとは。鷹司信尚に対して感謝している旨を伝えてほしい」
「確かに伝えます」
皇后陛下が無邪気に喜ばれる一方で、今上陛下の御言葉に対して、美子は畏まって答えたが。
その後に続く二人だけが分かる言葉に、美子は考え込むことになった。
「鶴は言うまでもなく、鷹司家のモノもあるのだろうな」
「言うまでもありません」
「其方の夫が鶴のように長命すれば良いのだが」
そのやり取りを聞いた皇后陛下が口を挟んだ。
「縁起でもないことを言われますな。鷹司信尚殿は健康そのものと聞いておりますのに」
「その通りです。夫は健康そのものです」
皇后陛下の御言葉に添うように、美子は即座に反論したが、昨日の北斗の一件からしても、美子自身が覚悟を固める必要がある、と考えているのだ。
声が微妙に震えてしまい、今上陛下は美子の動揺を察した。
「本当に言ってはならないことを言ったようだな。本当に済まない」
「いえ、お気になさらず」
今上陛下の言葉を軽く返したが、美子は今後のことを悩まざるを得なかった。
その様子を見て、今上陛下の方が露骨に話題を変えた。
「ところでだ。貴族院の審議や議決が、形式的になっており、全会一致が恒例になりつつあるようだ、国会としての体を成していないのではないか、との批判が一部であるようだな。本当に憂うべきことだ」
「確かに」
二人は違う話を始めた。
恒例だが(この世界でも)12月になると通常国会が召集される。
そして、国会として熱心に予算や法案について審議が為され、議決が行われて然るべきだが。
既述のような状況から、貴族院は先年に二条昭実が薨去した後は、それこそ美子の顔色を見ながら、殆どの議員が審議をして、美子の意向通りの投票をする有様だ。
勿論、美子の意向通りには動かない硬骨の貴族院議員が皆無という訳ではないが、そうは言っても100人余りの貴族院議員の中で片手で収まる議員の数では。
それこそ意味の無い反対意見を言ったり、投票をしたりするな、単に格好を付けたいだけでは、と貴族院の内外から、そういった議員が冷ややかに見られるのも当然だった。
美子としても、こういった事情は不味いと考えて、名前を貰った義理の伯母を見習って、貴族院内では自らは意見を言わずに沈黙を保ち、投票も基本的に無記名の秘密投票にすることで、貴族院で活発に審議が行われ、投票の自由が確保されるように努めているが。
そうは言っても、100名余りの議員数で、更に言えば、その殆どが幼い頃からの知り合いばかりでは限界がある。
ある件についての美子の意向が、すぐに議員全員に伝わってしまい、御上と五摂家がそれに同調するならば、自分もそれに従った意見を述べ、投票もそうしよう、という忖度された事態が起きるのは、美子にしてみれば、どうにもならなかった。
「こういった状況から、貴族院の権限縮小を図るべきでは、と伊達政宗首相が、先日、言っていた。其方も従兄である首相と相談して、それなりの対応を考えて欲しい」
「分かりました」
今上陛下の意向を受け、美子は即答した後で自らの執務室に戻り、暫く自らの考えに耽った。
貴族院の権限縮小は、どちらで行うべきか。
国会法改正で済ませるか、思い切って憲法を改正するか。
憲法は「不磨の大典」と謳われ、50年近くも改正されていない。
思い切って改憲を行っても良いかもしれない。
各議院で、それぞれ総議員の3分の2の賛成が必要という高い壁があるが。
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