プロローグ―2
ともかく、このことは貴族院を結果的に歪んでいるといえる状況に陥らせていた。
(度々、描いているが)貴族院議員の殆どは公家出身なので、摂家の当主の意向が極めて強い。
それこそ五摂家当主の総意が示されれば、貴族院では全会一致の賛成、反対が当然になっている。
そして、今や貴族院は鷹司(上里)美子が牛耳り、美子の一声で貴族院の議決が決まる状況にある。
美子にはそんなつもりが皆無なのだが、何しろ美子の政治的力量は抜群のモノがある。
だから、美子の言葉には多くの貴族院議員が賛同する現状がある。
それに加えて、九条幸家は美子の義兄である。
そして、二条康道は九条幸家の実子である。
又、言うまでもないことだが、鷹司信尚は美子の夫だ。
近衛信尋と一条昭良は、今上(後水尾天皇)陛下の同父母弟で、今上陛下の意向に従って行動する。
だから、美子が意向を示せば、今上陛下は同意して、結果的に美子の意向で、五摂家当主の総意が固まる状況にまであるのだ。
ここまでの状況にあっては、逆に美子は政治的に極めて不味い、と考えざるを得なかった。
かつては九条家、二条家、鷹司家が兄弟の関係から手を組む一方、それに対抗するために、近衛家、一条家が共闘していて、五摂家は一枚岩では無かった。
だが、今や貴族院は、独裁者の一言で全会一致になる何処かの国の国会と同じになっているのだ。
こういった状況を止めるとなると、美子が貴族院議員を辞めるしかないのだが、その方策が無い。
何しろ美子は従三位の官位を持つのだ。
無選挙で貴族院議員に選任される身であり、官位を返上するしか、貴族院議員を辞める方策が無い。
そして、美子には官位を返上する理由が無いし、下手に返上しては却って問題になりかねないのだ。
だが、究極の裏技がある。
それは美子が入内して、中宮になることだ。
そうすれば、美子は皇室の一員になり、官位を返上せざるを得ない。
そして、貴族院議員も辞職することになる。
しかし、それは美子の夫の信尚がいる以上、不可能なのだ。
祖国と夫、何れを選ぶのかの究極の選択か。
と美子が少し考えていると、教平が声を挙げた。
「北斗が綺麗に見える。星が8つ見える」
「そうね、1つ暗い星があるけど、8つ見えるわね」
北斗を実際に見ながら美子はそう言い、更に考えた。
1つ暗い星の名はアルコル、義姉にして実母の愛に言わせれば、北斗が夫婦揃っては8つ見えなくなったとき、見えなくなった側の人は間もなく亡くなるという伝説が、愛の生まれ故郷にはあったと言うが。
「そうか。私には北斗の星は7つしか見えないが」
母子の言葉に続けて、夫の信尚が何気なく言った言葉に、美子は硬直してしまった。
まさか、夫の死は間近いのか。
だが、それはチグリス、ユーフラテス川近くの愛の生まれ故郷での伝説であって、自分達には全く関係ない筈だ、いや、そうでないとおかしいのだ。
そんな想いが過ぎって、美子が考え込んでいると。
「お父さん、目が悪くなっていない」
「いや、そんなことは無い」
夫と長男は、軽い口論を始めている。
美子は懸命に気を取り直して、全身全霊を掛けて、夫や息子に気づかれないように声を出した。
「北斗七星と言う言葉があるように、北斗の星が8つ見える人の方が少ないとも聞くわ。だから、お父さんが8つ見えないからと言って、目が悪くなったとは限らないわ」
「そうだろう」
「そうなの」
美子の言葉は、夫と子を納得させたが。
美子はつくづく考えざるを得なかった。
夫が北斗の星を8つ見分けられないと言うことは、実母の故郷の伝説の通りに、夫が亡くなる時がいよいよ近づいている証なのかもしれない。
私は色々と覚悟を固めて、それなりの準備をすべきなのか。
北斗のアルコルについての描写ですが。
某著名漫画の為に見えると死ぬ、という伝説が今の日本では広まっていますが、話中の描写が本来で、見えなくなると死ぬという伝説が世界各地にあるとか。
尚、広橋愛の故郷で本当にあるのかは、作中描写の都合ということで緩く見て下さい。
ご感想等をお待ちしています。




