第82章―10
そんな風に尚侍の鷹司(上里)美子が考えていることを知る由も無く、今上(後水尾天皇)陛下は、自分なりの考えに耽られていた。
本当に鷹司信尚は、1621年に薨去するのだろうか。
尚侍の言葉、態度からすれば、信尚は極めて健康体のようだ。
実際、雨や雪が降らなければ、家族揃って早朝ジョギングを楽しんでいる等の話が、尚侍以外からも複数の人から朕の耳に入ってくる現実がある。
それも少々の運動量ではない、毎朝7キロを夫婦で走っており、40分以内で完走しているらしい。
しかも、前半は子どももいるのでゆっくり走っているが、後半は夫婦だけなので速く走っているとか。
20分走った後で、更に速く走れる等、本当に運動が得意で、健康そのものとしか言いようがない。
そんな信尚が薨去する等、「皇軍資料」を焼却して確認しようがなくなっていることもあり、自分としても、徐々に信じられない気がしている。
だが、その一方では。
本当に、信尚が薨去した後は、尚侍の美子を中宮に迎えたい、というよりは迎えねば、という想いがしてならなくなりつつある。
皇后の千江は決して悪い女性ではなく、自分を心から愛してくれていて、自分も美子さえいなければ、その愛に応えることにはやぶさかではないのだが。
問題は、ABO型血液型不適合妊娠が起こる危険が、朕と千江との間にはあることだ。
勿論、医師団の説明によれば、重篤な障害が皇子に起こることはまずない、とのことだが。
そうは言っても、危険を避けることからすれば、そんな危険がそもそも無く、更に健康な子を4人も産んでいて、更に子どもを望める美子を中宮に迎えたいものだ。
今上(後水尾天皇)陛下は、そこまで考えを進められたが、その考えを口に出せないことを弁えられていて、別の話をすることにした。
「ところで、4人目の子だが、結局は輝子と名付けられたそうだが。やはり、和子はダメだったのか。日本と北米共和国の和解の証として、和子と名付けたい、と言っていたではないか」
「自分の親戚全員から反対される事態が起きては、どうにもなりませんでした」
今上(後水尾天皇)陛下の問いかけに、美子は即答した。
実際、美子としては4番目に産まれて来た子が娘だと分かったとき、この子は和子と名付けたい、と周囲に訴えたのだ。
しかし、親戚全員が反対する事態となった。
その理由だが。
「上里家の血を承けた人間にとって、和子という名前は極めて良くない」
「和子と名付けては、日本に敵対する事態を引き起こすのではないか」
そんな反対の声を、周囲が上げる事態となった。
和子と名付けたから、と言って、そんな事態を引き起こすとは考え過ぎだ、実際に和子というのは、それなりにありふれた名前だ、と美子は反論したのだが。
実父の上里清にまで、
「そうは言ってもな。お前のやらかしの多くが、上里美子という名から来たモノと言われているのを知っているのか。それからすれば、上里家の血を承けた人にしてみれば、和子は本当に良くない」
と美子は諭される羽目になった。
実際、自分のこれまでの様々なやらかしからすれば、
「本当に上里美子という名は怖ろしいな」
「織田信長首相を御し、エウドキヤ女帝でさえ一喝して抑え込んだ女傑の織田(上里)美子の秘密の孫なので、美子と名付けられたというのは間違いなく本当だな」
と噂が流れて当然だ。
そうしたことからすれば、上里家の血を承けた人間にとっては、和子という名は極めて良くない、と言われて当然か。
そう考えて、美子は最終的に産まれて来た娘にしてみれば、祖母になる輝子から名前を貰うことにしたのだ。
美子は考えた。
和子という名を娘につけたいものだが、何時になることだろうか。
これで、第14部を完結し、次話から最終部になる第15部になります。
第15部は、1621年が舞台になります。
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